■ラジオ放送を拒否したサッカークラブ

 ラジオ誕生前、アメリカでは奇抜なことが行われた。ミズーリで行われたアメリカンフットボールの試合を、250キロも離れたカンザスの人びとが集まって「観戦」したのだ。実はカンザスの観客の前で行われたのは「ダミー」の試合。電信(電報)で送られてきた情報に基づいて、ピッチの模型の上で人形を動かしていたのだ。

 しかしラジオ放送の開始により、こんなことは必要なくなった。1921年4月11日にアメリカのピッツバーグで行われたボクシングの試合の中継が、世界で最初のスポーツ「実況中継」だった。英国では1927年1月ラグビーの試合が、続いて2週間後にはサッカーの「実況中継」が行われた。最初の試合は、アーセナル対シェフィールド・ユナイテッドだった。サッカーに「ラジオの時代」が到来するのである。

 英国の「国営放送」BBCは、1930/31シーズンには年間100以上の試合を中継した。当時、ラジオの普及率は全家庭の3割に達していた。BBCは「ラジオ・タイムズ」という週刊の新聞を発行し、番組案内などを紹介していた。一般の新聞は、ラジオの普及にともなって売り上げが落ちることを危惧し、ラジオを敵視して番組欄を設けていなかったためだ。大きなサッカーの試合の中継前には、「ラジオ・タイムズ」上で、ピッチを8つの区域に区切り、番号を振った大きな写真を掲載した。コメンテーターはどこでプレーが行われているか、この番号を言ったので、聴取者はわかりやすくなったという。

 しかし1931年7月、イングランド・リーグのいくつかのクラブが突然「ラジオ放送拒否」を表明する。中継があると観客数が落ちるという理由だった。喧々囂々(けんけんごうごう)の議論の末、リーグは新シーズンからのラジオ生中継を禁止する。この禁止は、第二次世界大戦の終了によって中断されていたリーグが再開されるまで続く。

 後にテレビの時代になったときにも、クラブの反対により前売り完売のFAカップ決勝を除き、試合の生中継は禁止される。「ラジオ禁止」のときと同じ理由だった。そのイングランドのリーグが、いま、観客をまったく入れず、テレビからの放映権収入だけで大きな収益を確保しているのは、非常に興味深い現象だ。

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