■実況席が口をつぐんだサッカー中継
サッカーが、まさにポジションが固定した野球よりはるかに「テレビ的」なスポーツであるのは間違いない。しかし煙山さんは、「ある面では、テレビよりラジオのほうがサッカーを楽しめると思うんです」と強調する。「サポーターの歌声をはじめ、場内の音は、ラジオのほうがテレビよりもずっとクリアに聞こえます。だからよりスタジアムに居る感覚に近いはずなんです」。
2011年3月29日、日本放送は、大阪の長居スタジアムで開催された「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」の中継をした。煙山さんは、解説の前園真聖さんとともに実況に当たった。日本代表が前半に2点を記録したが、後半38分にJリーグ先発のカズ(三浦知良)が美しいゴールを決め、日本中が感動に包まれた。
その試合もあと1分か1分半で終わろうとしていたとき、煙山さんと前園さんは話を止めた。両チームがゆったりパスを回すなか、スタンド全面が、被災地の真っただ中にあるベガルタ仙台のサポーターソングで埋め尽くされたからだ。それはすばらしく感動的な光景だった。話すのが大好きでラジオの世界にはいった煙山さん。しかし敢えて話さないことがサッカーの力を伝えると判断した結果、放送は本当に印象的なものとなった。
サポーターの歌声も歓声も消えた現在のスタジアムでは、ラジオの良さはわかりにくいかもしれない。想像力を100%刺激されるサッカーのラジオ中継。その良さが再認識され、本当の「ラジオの時代」が始まるのは、このコロナ禍が収束し、スタジアムが本来の「夢の劇場」に戻ったときかもしれない。