■結果から始まる「録音中継」

 現在の読者には信じられないかもしれないが、この試合はテレビ中継がなく、NHKのラジオ中継だった。しかも「生」ではなく、試合が終わってからの「録音中継」放送だった。当時私は大学2年生。事前の情報など何もない。下宿の部屋で、ラジオの前に座って放送が始まるのを待った。そして放送開始とともに飛び込んできたのが、信じられない言葉だった。

「日本の皆さんに悲しいお知らせがあります。日本はマレーシアに0-3で敗れました」

 負けたということもショックだったが、これからハラハラドキドキのサッカーの試合を楽しもうとしていた矢先に、その結果を知らされたことにあぜんとしたのだ。おそらく、出かけていて帰ってから録画で楽しもうとしていた試合の結果を先に知らされてしまい、「楽しみを奪われた」という経験をもつ人は少なくないに違いない。そのときの私が、まさにそうだった。

 1982年、『サッカー・マガジン』で10年目を迎えた私にとっても、鈴木文弥さんというのは「雲の上」の存在だった。その鈴木さんにインタビューをすることになり、ぜひともそのときの話を聞きたい、正直に言えば「あのとの恨みを伝えたい」という思いが沸いてくるのを抑えることができなかった。そして聞いてしまった。

「私もずいぶん悩んだのです。娯楽としてのスポーツ中継なら、結果を言わず、いきなり『さあ、キックオフです』からはいったほうがいい。しかし『報道』という立場からすれば、オンエアーの瞬間に最新の情報を伝えなければならない。悩んだ挙げ句、あの言葉になったのです」

 鈴木さんは真摯に答えてくれた。その姿勢に、私は、スポーツ報道という世界で長く生きてきた人の「哲学」を見る思いがした。

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