大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 第33回「ボールパーソンの社会学」の画像
ボールの行方は…… 写真/サッカー批評編集部

ピッチに立つ選手は1チーム11人。そして、スタンドやTVの前で応援するサポーターが12人目の選手なら、思わずホームチームを贔屓してしまうボールパーソンは、13人目の選手?

■湘南のボールパーソンに怪しい動きが

 11月11日(水)のJリーグ湘南ベルマーレ横浜F・マリノス(Shonan BMWスタジアム平塚)で「おっ!」と目を見張るシーンがあった。

 ホームの湘南が1-0とリードして迎えた後半の追加タイム。懸命に守る湘南が大きくクリアしたボールが、横浜FM陣深くの右タッチライン(横浜FMから見て)を割った。1秒でも早くボールをプレーに戻し、相手ゴール前に運ばなくてはならないと、横浜FMのDF松原健がコーナー近くの「ボールパーソン」に近寄り、交換用のボールを求めた。すると、ボールパーソンは椅子に座ったまま、寄ってきた松原の頭上越しに高いボールを投げたのだ。

 以前、スローインやFKのときに選手同士がよくやった行為である。すぐにリスタートできないよう、高く投げるのである。これはあまりに醜いと、イエローカードの対象になってからはほとんど見かけなくなっていたのだが、まさかこんなところで、しかも「ボールパーソン」によってリバイバルされるとは思わなかった。

 実はこの試合、「ボールパーソン」の動きが少し緩慢だなと思っていた。陸上競技のトラックがあるスタジアム。ボールがタッチラインを割れば、別のボールが必要なのは目に見えている。ところがこの日の「ボールパーソン」は、ボールがタッチライン際の広告看板を越えて出ていってもすぐには椅子から立ち上がらず、少したってから選手に投げることがときどきあったのだ。しかしそれはどちらのチームのスローインだからということではなく、ただ動きがあまり良くないのだろうと思っていた。

 ところが試合が進むにつれて疑問がわいてきた。顕著だったのは、横浜FMが得意とする「クイックCK」がいちども見られなかったことだ。昨年来、横浜FMはCKになるとコーナーの近くにいる選手が走っていって「ボールパーソン」からボールを受け取り、ボールを手でセットするともうひとり近づいてきた選手にすぐに渡すというCKを見せていた。「ショートCK」とは違う。通常、JリーグではCKがけられるまでに30秒ほどかかるが、「クイックCK」ではわずか数秒でボールがインプレーになる。CKになると「ほっとひと息」ついてしまうリズムに慣れきっている相手チームは、大いに驚き、横浜FMにチャンスが訪れるというわけである。

 さすがに、ことしはどのチームもそのCKへの準備をしており、横浜FMも頻繁には出せなくなったが、この湘南戦では前半1本、後半4本、計5本あったCKでひとつも「クイック」がなかった。注意深く観察すると、「ボールパーソン」が横浜FMの選手にボールを渡すタイミングを微妙に遅らせているようにも見えたのだ。

 だが、後半追加タイムの松原に対する「高投げ」は、常軌を逸するものだった。松原は主審に対しても無遠慮な言い方をする選手だから(ことしはそれがよくわかる)、もしかしたらボールパーソンに対して「おい、早くよこせ!」などという横柄な言い方をしたのかもしれない。ボールパーソンがその言葉に怒った結果の行為だったのかもしれない。しかしすべては推測である。

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