■ボールパーソンよ、永世中立なれ

 2004年に中国で開催されたアジアカップでは、もうひとつ、おもしろいシーンを見た。重慶で行われたオマーン対イラン。前半の半ば、イランの左サイド、相手ゴールラインに近いところで反則があり、イランにFKが与えられた。ボールはいったんコーナー付近から外に出たが、広告看板に当たってころころとピッチ内に戻ってきた。

 だが1点をリードされて追いつこうといらいらしていたイランの左サイドバック・バダビは気がつかない。すぐ近くに椅子に腰掛けて交換用のボールを抱えているボールボーイがいたので、「早くボールをよこせ!」と怖い顔で怒鳴った。イランの人びとは心はとても優しいのだが、ヒゲの濃い顔は怖い。

 だが小学生と思しきそのボールボーイは動じなかった。椅子から腰を上げもせず、右手を上げ、手のひらを上にして「お前の後ろにある」とやり返したのだ。バダビが振り返ると、たしかに、そこにボールが転がってきていた。彼はおとなしくそのボールを拾うと。小さくキックしてインプレーの状態に戻した。ボールボーイの毅然とした態度に、13億もの人間がひしめき合う国で生き抜くための自己主張の強さ、自分の考えを押し通す中国人の「文化」を見た思いがした。

 2015年にオーストラリアで開催されたアジアカップでは、オーストラリア人のボールボーイが中国チームを救った。1次リーグ初戦のサウジアラビア戦、0-0で迎えた後半17分に中国はPKを取られた。相手のPK情報をもっていなかった中国GK王大雷は、ゴール裏にいた小さなボールボーイに「どっち?」と聞いた。彼は即座に「左」と指さした。少年の「第六感」を信じて王大雷は左に動き、足元にきたサウジFWハザジのキックを右足ではね返した。ステファン・ホワイトというこの少年に、試合後、王大雷が中国チームのサイン入りユニホームをプレゼントしたのはもちろんだった。

 Jリーグの「試合実施要項」にもあるとおり、「ボールパーソン」は「試合実施を円滑に進行するため」の「補助係員」であり、けっして「選手」でもなければ「サポーター」でもない。実際に試合で勝負を争うのはピッチ上の選手たちであり、精神的にその後押しをすべく、スタンドで旗を振ったり、歌ったり(いつ歌えるようになるのだろう)するのが「サポーター=12番目の選手」である。それ以外の役員や係員は、ホームチームの得点に飛び上がって喜んでしまうぐらいは仕方がないが、どれだけホームクラブを愛し、心のなかで勝利を祈ろうが、勝利のために貢献すべき存在ではない。

「ボールパーソンもサポーターだから」と、あの日、試合後の記者会見で湘南の浮嶋敏監督は話した。「サポーターだから、どこかでホームチームを応援してしまうのは仕方がない」ということだったのだろう。しかしそれがエスカレートすると、スウォンジーのボールボーイとアザールのような、本当に胸くそが悪くなるようなことが起こってしまう。そうなる前に止めなければならない。「ボールパーソン」は、けっして「13番目の選手」ではないのだ。

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