■マルチボールの投げ方にもお国柄
「マルチボール・システム」が始まったのは1990年代の半ば。1995年の女子ワールドカップ(スウェーデン)とU-17世界選手権(エクアドル)で試験導入され、正式導入が決まった。Jリーグでは1996年から使われた。そしてワールドカップでは、1998年のフランス大会が、「マルチボール・システム」の事始めだった。
そのワールドカップで、私は奇妙な「ズレ」を感じた。Jリーグでは、ボールがラインを割ると、スローインをすると思しき選手に向かってボールボーイはすぐにボールを投げた。選手たちもすぐそれに慣れ、タッチラインに行くとそこにワンバウンドのボールがきて、すぐにスローインというリズムができた。
ところがフランスの少年たちがボールボーイを務めたワールドカップでは、すぐには投げられなかったのだ。Jリーグより数秒遅い印象だった。最初はそれがとてももどかしく感じられた。日本の少年たちのほうが優秀なのかとも思った。だが、よくよく観察すると、フランスの少年たちはボールを受ける選手と目が合うまで投げるのを待つことがわかった。
何かを渡すという行為は、渡し手だけの都合ではうまくいかない。受け手が「もらうよ」という意思を示さなければならない。それを確認するのが、目と目を合わせること、すなわち「コミュニケーション(意思疎通)」なのだ。フランスの少年たちは、日常生活から「物を受け渡すには、コミュニケーションが必要」ということを叩き込まれ、それがボールボーイにも出たということだけだったのだ。
フランスの少年たちは、ボールが外に出ると両手でボールを右肩のところにもっていき、投げる準備をする。そして選手と目が合うと投げる。一方でJリーグでは、ボールが出たら、いちばん近くでボールをもっている者がすぐに投げろと指導されているようだった。コミュニケーションなど関係ない。「出たら投げる」、それが仕事だった。良し悪しではなく、こんなところにも「文化」の違いがあるのかと、少しおかしかった。