■「チーム全員でゴールを陥れる」

「ミシャ式」と呼ばれる全員攻撃のサッカーは、彼がオーストリアで指導を始めたころから構想が練られていたものらしい。織田強化部長が初めてミシャと会ってグラーツ市内のレストランで話したとき、興に乗ったミシャが紙ナプキンに「3-5-2-1」システムの図を書いたと、ミシャを来日当時から近くで取材してきた中野和也さんは書いている(2020年4月20日REALSPORTS「ミシャ来日の知られざる情熱と決断『オシムの腹心』はなぜ広島で“奇跡”を起こせたのか」)。

「可変式」とも言われるミシャ・サッカーの形は、守るときには3バックの両脇にウイングバックが引いて5人になり、中盤は2人のボランチと「シャドー」と呼ばれる2人のトップ下で4人のラインをつくり、前線にFWひとりが残る「5-4-1」となり、攻撃のときには最前線に5人が並び、中盤は1人、ボランチのひとりがDFラインの中央に引き、3バックの両サイドは「サイドバック」のように大きく開く「4-1-5」のような形になる。そしてさらにそこから3バックの両サイドが攻撃に上がり、サイドを崩してチャンスをつくる。

 だが、この「形」が何かを生みだすわけではない。ミシャ・サッカーの最大の武器は、日々のトレーニングのなかで培われた超高精度のコンビネーションにほかならない。彼は「ひとりの選手の得点力に頼るのではなく、チーム全員でゴールを陥れる」ことを理想としている。浦和の監督時代、私は何度も彼に「優勝するには、1シーズンに20ゴールを取るストライカーの補強が必要ではないか」と聞いたのだが、彼はそのたびに「私はチームで戦う」と強調した。その説明として、彼はリオネル・メッシの名前を出した。

「たしかに、メッシのような選手がいたら、ひとりで試合を決定できるだろう。しかしチームで戦うことによって、私たちは多くのものを得ることができる」

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