■美しすぎたピクシー監督のボレーキック
私が見た最も衝撃的な「テクニカルエリアの出来事」は、2009年10月17日のJリーグ第29節、横浜F・マリノス対名古屋グランパスの終盤に起こった。そう、名古屋監督ドラガン・ストイコビッチの「超ロングシュート事件」だ。
名古屋が吉田麻也の見事なゴールで先制すると、横浜FMも前半のうちに坂田大輔の鮮やかなヘディングシュートで追いつく。1-1のまま、後半は一進一退。後半39分、名古屋が左から入れたボールが右にこぼれ、走り込んだ小川佳純がボレーシュートしようとするところに横浜FMの田中裕介が足を上げて妨害し、小川がけり損なってボールはGK榎本哲也の胸に納まる。しかし田中が倒れたままなのを見た廣瀬格主審が笛を吹いてプレーを止める。プレーが止められたのだからボールを出す必要などなかったのだが、榎本は手にしていたボールを大きくタッチラインにけり出した。
なかなか決勝点を奪えない状況に、ストイコビッチ監督はいら立っていたのだろう。榎本がけったボールを見ると、ベンチから飛び出し、落ちてくるところを、右足、わずかにアウトサイドにかけたボレーキックで思い切りけったのだ。ボールは高く舞い上がり、きれいな孤を描いて横浜FMのゴールに向かって飛び、ほぼゴールライン上に落ちてはね、ゴールの「天井」に突き刺さった。
ゴールまで60メートル。おしゃれなダークスーツに身を包んだストイコビッチ監督は、当然、黒い革靴をはいていた。当日は小雨模様で日産スタジアムのトラック部分に敷かれた人工芝もぬれて滑りやすかったはずだ。このあまりの美技に、スタンドを埋めた横浜FMのファンたちからも盛大な拍手が巻き起こった。ストイコビッチ監督も、拍手しながらその歓呼に応えた。