大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 連載第44回 「監督たちの『檻』」の画像
破線」で描かれたテクニカルエリア。タッチラインまではわずか1メートルだ。(ベルギー、シントトロイデンのスタイエン・スタジアム)(c)Y.Osumi
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それを動物園の「檻」にたとえたら、彼らはどう反応するだろう。無礼者と怒る者もいれば、笑いながら同意する者もいるだろう。どちらが良い・悪いというわけではない。監督たちは、千差万別で、個性豊かで、じつに表情豊かに破線で引かれた小さなテクニカルエリアをうろつきまわってわたしたちを楽しませてくれているのだから。まるで、ほんとうの動物園のように――。

■まだ新しいテクニカルエリアの歴史

 後半アディショナルタイム、タッチライン際でFKが与えられた。FKを得たのは1点ビハインドのホームクラブ。長身のセンターバックたちをゴール前に上がらせ、キッカーがロングパスを送ろうと助走のために下がっていく。だがそこにはビジターチームの監督が立っている。どいてくれと言うと、「自分のテクニカルエリアのどこにいようと、オレの自由だ」と、動こうとしない。さて、レフェリーはどう対処する?

 2016年まで英国の『ガーディアン』紙で続いていた「You are the Ref(きみがレフェリー)」という人気コラムにあった設問だ。読者から送られてきたルール上の設問に、人気漫画家のポール・トレビリオン氏が絵をつけ、元有名レフェリーであるキース・ハケット氏が解説をつけるというもので、数十年間続いたという。さすがにサッカーの母国というか、サッカー文化爛熟の地である。読者の設問の「重箱の隅」度も、尋常ではない。

 テクニカルエリアは、サッカーピッチ上の数々のラインで最も若い。1993年、Jリーグの誕生の年にルールブックに初めて載った。ただし、当時は、「競技場」について規定されたルール第1条のなかではなく、「主審」についての第5条の「公式決定事項」の(14)に示されている。

 「監督は、競技中に戦術的指示を競技者に伝えることができる。しかし、監督およびその他の役員は、テクニカルエリアが設けられている場合には、この中にとどまっていなければならないし、常に責任ある態度で行動しなければならない」

FIFAのほんとうの意図

 サッカーでは、伝統的に、外からのコーチングは禁止されてきた。原則として、試合が始まったら、選手自身の判断でプレーを進めなくてはならない競技だったのである。しかしこれはあくまで「原則」であり、実際には、監督やコーチ、控え選手がベンチから叫ぶのに、いちいち注意を与えていることはできない。そのなかで監督たちは、チームを叱咤激励するだけでなく、審判への抗議も繰り返していた。

 そこで1990年のワールドカップ・イタリア大会を前に、国際サッカー連盟(FIFA)は「戦術的指示に限って、ベンチから与えてもよい」という、「伝統」を180度覆す覚え書きを出場チームに送った。ベンチから選手に声をかけてもいいが、戦術的な指示だけにしろよ、判定に対して文句を言うんじゃないぞ、という意図である。そして1993年に「テクニカルエリア」を創設してルールブックに載せたのだ。

 テクニカルエリアは、チームベンチから左右に1メートルのところからタッチラインの1メートル手前のところまでの範囲とされ、通常、破線を使って示される。だから競技場によって、その広さは大きく違う。チームのベンチは観客席の最前列の観客の視線を遮らないように置くのが原則(守られていない場合が多いが……)。その結果、ベンチからテクニカルエリアの端まで十数メートルもあることがある。他方で、ラインの近くにベンチが置かれているときには、当然のことながら、テクニカルエリアは狭くなる。

 昨年、新型コロナウイルス対策で、ベンチ内の「密」を避けるために、これまで使っていたベンチの外に新しいベンチを付け加えたスタジアムがあった。テクニカルエリアはこれに合わせるから、当然大きくなる。

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