大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 連載第39回「正しいタンカの乗り方」の画像
きわどいプレーはサッカーにはつきものだが…… 撮影/原悦生
タンカの乗り方がまったくわかっていないセバスティアン・ソリア(アル・アラビ)写真:AFP/アフロ

ご存じのとおり、ストレッチとは筋肉を引っ張って伸ばすこと。なるほど、だから、ストレッチャーは折りたためる脚を備えていたり、2本の棒の間に布が張ってあったり、使うときには伸ばす行為が必要なわけだ。などと、余計なことは考えてないで、タンカに乗せられたら、おとなしく寝ていましょう。

ヴァンフォーレ甲府の驚きの発明​

 おそらく十数年前、2006年のことだったと思う。私は初めて甲府の小瀬競技場にJリーグの取材に行った。まだ「山梨中銀スタジアム」になる前のことである。試合を見ながら、腰が抜けるほど驚いた。

 ファウルがあって選手が倒れる。すると、タンカ(担架)要員の若者が4人、きびきびと動いてタッチライン際でひざを折り、待機する。そのとき、タンカは片側の棒を上に、もう片側を下にして立てる。すると、キャンバス地のタンカから、広告が目に飛び込んできたのだ。タンカに広告をつけるなど、世界のどこでも見たことがなかった。

 選手が倒れたまま起き上がらないと、主審がまず状況を確認し、その後にドクターとともにタンカを呼び入れる。だがタンカ要員の若者たちは、試合中、選手が倒れるたびに4人の呼吸をぴたりと合わせてさっとタッチラインまで進み、そこで待機した。驚きながらも、その小気味よい動きにはとても感心した。

 スタジアム内の広告はスタンドの壁やフェンスに取り付けられたのが始まりで、1970年代にはピッチの周囲に広告看板を立てる方法が世界に広まった。選手のユニホームの胸に広告がつくようになるのもそのころである。しかしタンカにまで広告をつけるとは……。

 この年、大木武監督の下、躍動するようなサッカーでJ1に初昇格したヴァンフォーレ甲府は、非常に魅力的なサッカーを見せるチームだったが、経営難から脱出したばかりで、クラブの財政規模はJ1のなかで最も小さく、小口のスポンサーの広告看板がゴール裏で数列に達するほど数多く並んでいた(小瀬競技場は陸上競技場なので、それが可能だった)。営業担当が「新たな広告スペースを」と、タンカを思い付いたのに違いない。

PHOTO GALLERY タンカの乗り方がまったくわかっていないセバスティアン・ソリア(アル・アラビ)写真:AFP/アフロ
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