■「爆撃機」ミュラーの代表最後のゴール ミュラーの衝撃的だった代表引退宣言

 ゲルト・ミュラーは、史上最も風変わりな「大スター」だったかもしれない。身長175センチ。大きくはなく、足は短く、そしてずんぐりとした体型だった。とても「トップアスリート」には見えなかった。中盤では後方から送られてくるパスを受けて簡単にさばき、ペナルティーエリアにはいっていく。しかしそこでパスを受けてシュートを決めるわけではない。ゴール前のこぼれ球にいち早く反応し、至近距離から決めるのが、彼の典型的なゴールだった。「リトル・ゴール」(ゴールエリア内からの得点)と言われるのは、そうした得点だった。

 続く1974年西ドイツ大会でも、彼は「背番号13」をつけて出場。大会総得点は4点だけだったが、重要なところで重要な得点を取った。決勝戦、圧倒的に有利と言われたオランダに対し、逆転の2点目を決めたのはゲルト・ミュラーだった。

 右からライナー・ボンホフが送った低いクロスに合わせてい勢いよく走り込んできたミュラー。彼の右からはオランダDFビム・レイスベルヘンが詰め、左からはアーリー・ハーンが体を寄せてくる。普通なら、攻撃側の選手は右前あるいは右横にボールを止め、シュートに持ち込もうとする。しかしどちらのシュートも、相手選手にブロックされただろう。だがミュラーが止めたのは、自分の体の真後ろ1メートルのところだった。そこにしか「スペース」がなかったのだ。そして彼は誰よりも優れた彼の長所、「ターン」を生かす。一歩戻って左足を踏み込むと、180度ターンしながら右足を振り抜き、ゴールを破ったのだ。

 これが西ドイツ代表62試合で68ゴール目(!)。だがこのときまだ28歳だった彼の「代表人生」は、この頂点の時点で突然幕を閉じる。この晩、西ドイツサッカー協会が主催した祝賀パーティーに協会が選手たちの家族を招待しなかったことに怒り、パーティーの席でパウル・ブライトナーとともに葉巻をくゆらせながら「代表引退」を宣言したのだ。

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