■「黒手袋」と呼ばれたベンフィカの名選手
当時はイボイボのついた「高級軍手」などなく、スローインには注意を要した。また、軍手はフリーサイズ。手の小さな私には、いつもぶかぶかで、寒さは防げたが、けっして心地良くはなかった。伸びる素材で手にフィットし、イボイボがついたサッカー用の手袋が出始めたのは1980年代のはじめごろだったろうか。以来、安くてカラフルなサッカー用手袋は日常生活でも使われるようになった。
1970年代のポルトガルに、ジョアン・アウベスという選手がいた。小柄ながら卓越したテクニックとスピードをもち、ポルトガル代表出場36試合。ベンフィカ・リスボンを中心に活躍し、スペインのサラマンカでは、リーグの「最優秀外国人選手」に選ばれた。ヨハン・クライフがバルセロナで、マリオ・ケンペスがバレンシアで活躍していたころだから、価値は高い。フランスのパリ・サンジェルマンでも、1シーズンプレーした。
黒い髪に立派な口ひげを生やし、非常に目立つ選手だったが、何よりも彼の個性を際立たせたのは、1年中、真っ黒な手袋をはめていることだった。そのため、彼は「ルバス・プレタス(黒手袋)」のニックネームで呼ばれた。真夏のリスボンは暑い。そのなかで、半そでのユニホームを着ながらも手袋をしたまま、相手の逆をとって抜いていくアウベスのドリブルは、どこか呪術的な雰囲気があり、異彩を放った。
この手袋、実は、やはりポルトガル代表選手だった祖父のカルロス・アウベスへのリスペクトから着用するようになったということを、最近知った。カルロスもまた、1年中黒い手袋をしてプレーしていたのだという。1952年生まれのジョアン・アウベスは現在67歳。1985年に32歳で引退後、指導者となり、ポルトガルを中心に十指に余るクラブで監督を務めたが、監督となってからは、素手で指揮をとっている。