■幸せになりたかったら、まず……
通常、人類は手をむき出しにして生活している。戒律で女性が肌や髪を露出することを禁じているイスラムの社会でも、女性たちは体を覆う真っ黒な「アバヤ」からきれいな指をした手を見せている。しかしその手が体温調整に大きな役割を果たしていることは、誰もが体験的には知っていても、しっかりとは理解されていないようだ。
またまた子どものころの思い出話で申し訳ないが、いまでも感覚を覚えている冬の思い出に「お湯での手洗い」がある。たき火を起こし、そこにそのへんに投げ捨てられていた金属製のたらいに水を入れてかける。そして熱くなったお湯を適当に水を加えてさまし、そのお湯で手を洗うのだ。それだけのことだったが、その幸福感はいまでも記憶にある。
手が冷たいと、人間の活動は不活発になり、どこか不幸せな感じになる。しかし手が温まると元気になり、生き生きとしてくる。それほど、手、とくに「甲」と「指」は重要な部分なのだ。手袋ひとつで、ウォーミングアップの効果もずいぶん違うという。手の甲と指が冷えると、集中力にも影響があるという説もある。当然、ケガの予防にもなる。
私のチームには、以前、9月になるともう手袋をつけ始める選手がいた。細い体で、とてもがんばる選手だったが、いつも自分のコンディションに気をつかい、自分自身で判断してサッカーへの準備ができる、成熟した選手だった。だから真夏でもバッグのなかには常に手袋が入れられていた。
中田英寿を含め、私はこうした選手が好きだ。寒さへの体の反応には大きな個人差があり、かなりの寒さのなかでも手袋を必要としない選手もいるが、「軟弱だ」とか「女々しい」などと、前時代的、非科学的なことを言う監督たちより、自分自身のコンディションをしっかりと考える自立した選手たちが、サッカーというゲームを生き生きとしたものにしているのだ。