■「世界の常識」に立ち向かった日本人監督
だがともかく、倒れて起き上がれない選手を認識したときにボールをもっていたチームがタッチラインに出し、ケアを優先させ、リスタートのスローインではそれを相手に返すという習慣は、いまや世界中に広まったサッカーの常識と言っていい。それに反するような行為をするチームがあったら、手ひどく非難されるのは当たり前だ。
一時は、相手に返すふりをして相手陣奥のタッチラインにけり出し、そのスローインからのプレーにプレッシャーをかけてあわよくばボールを奪い、相手ゴールを狙おうという姑息な手段をとるチームもあったが、幸いなことに最近は見なくなった。
だが、この「世界の常識」に断固立ち向かった日本人監督がいる。2010年から2014年までファジアーノ岡山で指揮をとった影山雅永監督だ。「Jリーグ監督1年目」の2010シーズンを前に、影山監督は選手たちに「出すな、返すな」と命じた。倒れているのを見てもボールを出さず、プレーを続ける。相手が出しても、スローインのボールを返さず、プレーを続ける―。試合を止めるのは選手ではなくレフェリーの仕事だ。
選手たちは影山監督の考えを理解し、その方針を実行した。だが当然予想されることではあったが、大きな反響が起きた。「フェアプレーを知らないのか」「傲慢だ」と、なかでも相手チームサポーターからの非難は猛烈だった。この状況を懸念したクラブは、2シーズン目の2011年開幕前に「お知らせとお願い」という文章をクラブのホームページに出した。
「ファジアーノ岡山においては、ピッチ上に選手が倒れている際は、レフェリーへの注意喚起は行うものの怪我に関する判断はレフェリーに委ねることとし、そのホイッスルが試合を中断するまでは全力でプレーを続けさせて頂きたいと思います」