大住良之の「この世界のコーナーエリアから」連載第70回「『勝利への脱出』はサッカー映画の最高峰」(2)筋書きを感じない迫真の試合シーンの画像
「ワーナー・ホーム・ビデオ」が販売しているDVD版『勝利への脱出』。「主演」のシルベスター・スタローン(左)、マイケル・ケイン(右)の中央にペレが描かれている。この映画は、DVDカバーにもあるとおり『勝利への脱出 ESCAPE TO VICTORY』ということになっているが、実際の映画内のタイトルには『VICTORY』としか出てこない。とても不思議だ。3人のポーズはその「V]を示している。
サッカーを知れば知るほど楽しさの深みが増す、サッカー映画の最高峰『勝利への脱出』を知っていますか? 1981年の世界サッカー界のオールスターが本気でプレーし、渋く演技を決めている。いまとなっては見ることのできないレジェンドたちの共演なのである。あのペレの、ボビー・ムーアの、美しく勇敢なプレーを堪能でき(アルディレスは20代とまだ若い)、役者っぷりまで楽しめる。もちろん、プレーの場面に手抜きはなし。オールドファンの涙腺はゆるみ、若きマニア心はメラメラと燃え上がる――。
※第1回はこちらから

■「世界最高のDF」が走る・蹴る・語る

 それはともかく、『勝利への脱出』は、『地獄の前後半』からインスピレーションを受けつつも、雰囲気としてはまったく逆の、心躍る娯楽戦争映画、あるいはスポーツ映画として描かれている。さすがに、ジョン・ヒューストン監督が撮り、主役にスタローンを抜てきしたハリウッド映画の面目躍如である。

 だが、ここまで読んでDVDレンタルショップに走ろうと思った読者には、「ちょっと待って!」と言いたい。サッカーファンにとっては、本当のお楽しみはこれからなのである。

 フォンシュタイナー少佐を演じるのはマックス・フォン・シドーというスウェーデン出身のベテラン俳優(この映画の時点で52歳)であり、彼の提案を受けてチーム選びにかかる英国軍少尉コルビー役もマイケル・ケイン(当時48歳)という英国の名優である。この重厚な2人が、勇敢ではあるが八方破れのハッチを演じるスタローン(35歳)の脇をしっかり固めているものの、サッカーファンとしてそれ以上にこの作品で注目すべきが、選手役として出演した各国のスターサッカー選手なのである。

 ペレはおくとして、最初から最後まで渋い演技としっかりとしたサッカー技術で見せるのがボビー・ムーア(テリー・ブレイディ役)である。言わずと知れたイングランド代表キャプテンで、1966年ワールドカップ優勝。1970年ワールドカップでは、ペレをして「世界最高のDF」と言わしめ、試合後の2人のフェアプレー精神あふれるユニホーム交換の写真は、世界のサッカー史に残る(この連載の第34回「1枚の写真」に詳細)。

 そのムーアが最初から最後まで演技とプレーでふんだんに登場する。かなりのサッカーファンでも、ムーアのプレーはあまり見たことがない人が多いに違いない。ムーアは短い監督生活の後、テレビ解説者となり、1993年にガンのため52歳の若さで亡くなっているから、彼が話すのを聞いたこともない人が多いはずだ。この映画の撮影は彼が40歳のとき。ボール運びやインサイドキックでのパスの形は、まだ現役時代そのままだ。

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