■「世界最高のDF」が走る・蹴る・語る
それはともかく、『勝利への脱出』は、『地獄の前後半』からインスピレーションを受けつつも、雰囲気としてはまったく逆の、心躍る娯楽戦争映画、あるいはスポーツ映画として描かれている。さすがに、ジョン・ヒューストン監督が撮り、主役にスタローンを抜てきしたハリウッド映画の面目躍如である。
だが、ここまで読んでDVDレンタルショップに走ろうと思った読者には、「ちょっと待って!」と言いたい。サッカーファンにとっては、本当のお楽しみはこれからなのである。
フォンシュタイナー少佐を演じるのはマックス・フォン・シドーというスウェーデン出身のベテラン俳優(この映画の時点で52歳)であり、彼の提案を受けてチーム選びにかかる英国軍少尉コルビー役もマイケル・ケイン(当時48歳)という英国の名優である。この重厚な2人が、勇敢ではあるが八方破れのハッチを演じるスタローン(35歳)の脇をしっかり固めているものの、サッカーファンとしてそれ以上にこの作品で注目すべきが、選手役として出演した各国のスターサッカー選手なのである。
ペレはおくとして、最初から最後まで渋い演技としっかりとしたサッカー技術で見せるのがボビー・ムーア(テリー・ブレイディ役)である。言わずと知れたイングランド代表キャプテンで、1966年ワールドカップ優勝。1970年ワールドカップでは、ペレをして「世界最高のDF」と言わしめ、試合後の2人のフェアプレー精神あふれるユニホーム交換の写真は、世界のサッカー史に残る(この連載の第34回「1枚の写真」に詳細)。
そのムーアが最初から最後まで演技とプレーでふんだんに登場する。かなりのサッカーファンでも、ムーアのプレーはあまり見たことがない人が多いに違いない。ムーアは短い監督生活の後、テレビ解説者となり、1993年にガンのため52歳の若さで亡くなっているから、彼が話すのを聞いたこともない人が多いはずだ。この映画の撮影は彼が40歳のとき。ボール運びやインサイドキックでのパスの形は、まだ現役時代そのままだ。