ついに、待ちに待った川崎のバンディエラの帰還が実現した。途中出場した清水エスパルス戦での中村憲剛のファーストタッチは、10連勝しても見えてこなかった、川崎フロンターレのタイトル奪還への視界が大きく開けた瞬間だった。新旧王者が激突する、来る9月5日の神奈川ダービーの横浜F・マリノス戦は、2020年J1リーグの天下分け目の天王山となる。後藤健生が見た中村憲剛の“帰還”とはーー。
■小さな振りで強弱のボールを蹴り分ける
もちろん、そういった戦術的な“眼”があったとしても、パス・スピードの選択を実行に移すだけのキック技術が伴わなくては意味がない。
その点で、中村憲剛は緩急、強弱のボールを蹴り分ける技術に長けた選手だ。
助走を付けたり、大きなバックスイングを付けて強いインステップキックでシュートをするのであれば、強くて速いキックを蹴ることはそれほど難しくないかもしれない。だが、相手と交錯しながら敵、味方の動きを見て瞬時に最適なパス・スピードを選択する必要があるのだ。小さなモーションで、最後のインパクトの瞬間にボールの初速を変化させる技術がなければならない。
中村憲剛は、100%の力を込めるのではなく、小さな振りで初速の高いボールを蹴ることができるのだ。
左足で大きく踏み込んで腰を捻って体重を移動させながら、運動エネルギーをボールに乗せて蹴るキックである。脚の振りだけで蹴るのではないだけに、大きなスイングをしなくても強いボールが蹴れる。そして、フルパワーで蹴っていない分、ボールのコース、初速も微妙に調整できる。
中村が時折見せるミドルシュートの弾道を思い出してみよう。ボールは大きく上がることなく、地面と平行に一直線にゴールの隅に飛んでいく。そして、彼のロングレンジのパスは、受け手にとって最も処理しやすい(あるいは、相手にとって対応が難しい)スピードでコントロールされて飛んでくる。
すなわち、スペースを見つける“眼”と強弱のキックを蹴り分ける技術が相まって、あの中村憲剛の芸術的なロングパスは成立しているわけだ。