■革命後、ゴールが「43.9%」増加
この年のIFAB年次総会は、その直後、6月13日土曜日にパリで開催された。サンラザール駅に近い「ロンドル通り22番地」。このときにはすでに国際サッカー連盟(FIFA)もIFABのメンバーとなっており、そのお膝元のパリで年次総会が開催されたのだ。ただ、通り名の「ロンドル」は、もちろんフランス語で「ロンドン」の意味で、サッカーのルールを話し合うにふさわしい場所だった。
会議が始まると、SFAはまず「40ヤード案」を引っ込め、続いて「2人制案」を説明した。そしてFAの後押しもあって、ルールの1語を「3」から「2」に変える改正案は可決されたのである。「革命」の瞬間だった。
効果はてきめんだった。「革命前」の1924/25シーズンのイングランド・リーグ1部では、総試合462試合で生まれたゴール数は1192だった。1試合平均にすると2.58ゴールである。それが「革命後」の1925/26シーズンでは、同じ試合数で1703ゴール(平均3.69)へと跳ね上がったのだ。実に43.9%の増加である。