大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第85回「私をサッカーに引き込んだ5人の恩人」(2)大学生活を一変させた「コーチ就任」の画像
メキシコW杯の時期、筆者はサッカーにのめり込んでいった 

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、「5人の恩人」。

■勉強に没頭した大学での1年間

 サッカー部にはいろうと考えたとき、最初に相談したIくんの言葉は正しかった。サッカー部は、たしかにサッカー・クレージーばかりの集団で、そうでなければ居づらいところだった。だが高校2年生を迎えるころには、私は、誰にも負けないサッカー・クレージーになっていた。いちばん小さく、いちばん下手くそだったが、サッカー部は私にとってとても居心地のいいところだった。

 だがそれでも、Aさんのようにサッカーで生きていこうと考えるほど「過激」ではなかった。大学進学に際して私が選んだのは、法学部だった。法律家という仕事が、私に適しているのではないかと、漠然と考えていたのだ。私をサッカーにめぐり合わせたワールドカップ・イングランド大会から4年、1970年のメキシコ大会のときには、大会時だけ最も早く試合結果がわかる英字紙の『Asahi Evening News』を購読するなどの「クレージー」ぶりは変わらなかったが、同時に私は法学部の1年生であり、かなり一生懸命に勉強もしていた。

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