■浅はかさを気づかせた1枚の写真

『サッカー・マガジン』は、当時の世界でもトップクラスのカメラマンのひとりであった富越正秀氏(彼は前半だけのピッチ席を別のカメラマンに譲り、撮影用デッキからの撮影を選んだ)が、当日になってピッチ横に新たな撮影用デッキが増設されたのを利用し、最高の写真を撮って私をほっとさせた。しかし「あの白髪の老カメラマン」に対する怒りはしばらく収まることがなかった。

 だが、私はとんだ浅はか者だった。

 1か月後、『エル・グラフィコ』から新しい雑誌が届き、そこにアルゼンチンで「大会最優秀写真」の記事が紹介されているのを見た。その写真は、決勝戦の終了直後のものだった。自陣ペナルティーエリアで、アルゼンチンのGKウバルド・フィジョールとDFアルベルト・タランティニがひざまずき、抱き合っている。そこにスタンドから飛び込んできた青年がひとり、2人に抱きつこうとしている。しかしセーター姿の彼の両肩からは、そでがだらりとぶら下がっている。彼には両腕がないのだ。そのない両腕で、彼はフィジョールとタランティニを抱き締めようとしているのだ。

「EL ABRAZO DEL ARMA(魂の抱擁)」と名づけられた写真は、モノクロで粒子も粗かった。しかしたしかに、大会の感動、サッカーを熱愛する人生を強く訴えかける作品だった。この写真は世界に紹介され、「アルゼンチン78」を代表するイメージのひとつとなった。

 その写真にしばらく見とれていた私は、撮影者の紹介に気づいた。そこには、「ドン・リカルド・アルフィエリ」とあり、あの白髪の老カメラマンの顔が小さく掲載されていた。

PHOTO GALLERY ■【画像】リカルドの世界的スクープとなった写真が用いられたサッカー・マガジンの表紙
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