サッカーは無数のディテールであふれている。重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は「ピッチの額縁」とも言えるスタジアムを彩る存在の話。現在ではプロの試合とはわかちがたく結びついた、ずらりと並んだ看板についての意外な事実を、サッカージャーナリスト大住良之が語る。
21世紀を迎えて間もなく、スタジアムの広告看板に大革命が訪れる。デジタル式の電光看板である。LEDランプをたくさん並べた幅1メートルほどのディスプレイ、いわば大きなテレビを、数多く並べて置くことで、掲出できる広告の数は無制限となった(もちろん、試合時間による制限はある)。動画を流すこともできる。
私が最初に見たのは、レアル・マドリードのホーム、サンチャゴ・ベルナベウの試合だった。「ギャラクティコ(銀河軍団)」と呼ばれたスター軍団のこの当時の左サイドバックは、ブラジル代表のロベルト・カルロスである。強烈な左足キックだけでなく、爆発的なスピードが売り物で、彼のプレーはレアルのなかでも異彩を放っていた。
ところがある試合で、彼の横、タッチライン外の広告看板がデジタル電光式に変わり、そこにフォードの広告が流れ始めた。自動車の動画まで出てきた。そしてあろうことか、その自動車は、左サイドを疾走する「ロベカル」をあっという間に追い抜いていったのである。この瞬間、現代サッカーの「至宝」であるロベカルは、魯鈍なランナーと成り下がっていた。
私はただちに「デジタル電光式広告看板」を禁止にすべきだと感じた。プロサッカーの最も根源的な財産は、鍛え抜かれた選手たちが見せる超人的なパフォーマンスだ。スタジアムを訪れた観客に、そしてテレビの前で観戦するファンに、それを最大限楽しんでもらうことこそ、プロサッカーにとって最も重視すべきことのはずだ。その楽しみを広告看板が妨害するのは「本末転倒」というものであろう。