■希有なストライカーが武器としたもの
寿人は資質としてはごく平凡と言っていい選手だったと思う。日本代表どころか、J2かJ3クラスにとどまる選手だったかもしれない。しかし彼には飛び抜けた「知性」があった。常に自分のプレーを省み、世界のトップクラスを参考に工夫と改善を続け、それをサッカーで最も難しい仕事である「ゴール」の一点に注ぎ込み続けた。
サッカーのプロ選手は一概に「知的」で規律があると、私は思っている。知性がなければチームのなかで自分を生かすことはできないし、規律がなければプロの世界で生きていくことはできない。日本代表クラスになるのは、そのなかでもとくに優れた「知性」の持ち主だろう。しかし知的な選手の多くは、MFやDFというポジションでプレーする。たとえば広島で寿人の能力を飛翔させた森保一のように、あるいは、長谷部誠のように。長谷部を日本代表だけでなく欧州の一流リーグで長年活躍し、クラブの「レジェンド」のような存在にまでしている最大の力は、寿人や森保の場合と同様、「知性」以外の何ものでもない。
だが「ゴール」という仕事は、通常、知性以外のものに大きく負う。爆発的なスピードや強さ、高さといったフィジカル面の資質とともに、類いまれな勇敢さや冷静さといった精神的な資質も、「ゴール」という仕事に不可欠と思われる。そうした面で飛び抜けたものをもつわけではない選手が、ストライカーとして並外れた記録を残すというのは、世界でもごく希なケースと言っていい。
寿人は、そうした、サッカー史でも希有な存在と言えるのではないか。彼はその「知性」を武器として、Jリーグの舞台で、「ゴール」という面で傑出した業績を残した。細部の細部にまでこだわり、「ゴール」につながるプレーを磨き抜いたことで、佐藤寿人というひとつの「芸術品」が完成したのだ。