大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 第34回「1枚の写真」(1)新旧世界王者の対決の画像
「サッカー史で最も象徴的な写真」(c)Y.Osumi
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世界的に有名なペレとムーアの写真をめぐる、壮大でなんとも不思議な物語だ。大住さんは1970年の秋に新宿紀伊国屋書店で、その写真の掲載された輸入雑誌を手に入れそこねている。最後の一冊をサッカーファンらしき清楚な女性にゆずってしまったのだ。ところが、40年以上が過ぎて、ロンドン・オリンピック取材で入手した念願の写真は……。

■世界で最も有名なユニホーム交換

 きょうは1枚の写真の話をしたい。

 撮影されたのは1970年6月7日、午後2時前、場所はメキシコ第2の都市、グアダラハラのハリスコ・スタジアム。このワールドカップ・メキシコ大会で全勝優勝を飾ることになるブラジルと前回優勝のイングランド、新旧の「世界チャンピオン」の対戦は、「世紀の熱戦」と呼ばれる息詰まるものだった。その試合終了直後に撮られた1枚である。

 ブラジルの至宝、「王様」と呼ばれたペレ(当時29歳)と、イングランド代表キャプテンのボビー・ムーア(29歳)が互いの健闘を称え、笑顔でユニホームを交換しているシーン。とても有名な写真なので、日本の読者もどこかで見た覚えがあるに違いない。そう、この1枚は、「サッカー史で最も象徴的な写真」と言われるものなのだ。

 2012年夏のロンドン・オリンピック大会は、久しぶりに充実した取材ができた大会だった。日本の男女代表がそろって準決勝まで進み、ともにフルに6試合を戦ってくれたからだ。女子はアメリカとの決勝戦に進んで銀メダル。男子は韓国のカウンターアタックにやられて銅メダルを逃したが、オリンピックでは1968年のメキシコ大会以来の好成績を残した。「女子-男子-1日休み-女子―男子」というリズムで開会式2日前から閉会式前日まで試合が続き、南はロンドン、カーディフから、北はグラスゴーまで、連日鉄道で移動しながらの取材は、とても楽しかった。

 真夏の東京に戻ってくると、着替えるのももどかしく、私はスーツケースの底から1枚の印刷物を取り出した。マンチェスターの「ナショナル・フットボール・ミュージアム」で購入した縦36センチ、横28センチほどの、「ペレとムーアの写真」のカラープリント。9.99ポンド(当時のレートで約1250円)。もちろん、「写真」ではなく「印刷物」ではあるが、「ファイン・アート・プリント、全世界で5000枚限定」と称し、大仰に「本物証明」の紙までついている。

 実はこの写真に、私は40年以上もあこがれていた。「普及版」ではあってもようやく手に入れたプリントは、信じ難いほど忙しかったロンドン・オリンピックの「自分へのごほうび」のつもりで買ってきたもので、早く部屋に飾りたかったのだ。

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