■輸入雑誌を女性にゆずる

「その本、どこにありますか?」

 彼女は私が手にしている洋雑誌を指して聞いた。

「ここにあったんですが、これが最後の1冊のようです」

 彼女が大きく落胆するのがわかった。だが、私にとっても、渓流に素足を入れてみたら足裏に大きな砂金の粒がついていたような「掘り出しもの」だった。

「この雑誌が欲しいんですか」

「ええ……」

 私は女性差別主義者でもなければフェミニストでもない。しかし当時は日本に「女子サッカーチーム」などないに等しく(東京に最初のクラブチーム「FCジンナン」ができるのは1972年のことである)、女性がサッカーをするというイマジネーションなど皆無だった。サッカーは泥まみれになるスポーツであり、当時は女性には不向きだと思っていたと白状しても、「ウーマン・エンパワーメント」を目指す「WEリーグ」の岡島喜久子チェアに怒られることはないだろう。

 そう考えると、その女性が気の毒になった。だからその「宝物」を手放すことにした。もしかすると、「THE WAY IT SHOULD BE」という言葉に影響されていたのかもしれない。

「わかりました。女の人はサッカーができないんだから、雑誌はお譲りします」

「いいんですか! ありがとうございます!!」

 そう言うと、その女性は、私の気が変わらないうちにと、レジに向かって走っていった。私は大きなため息をついた。

 だが、2カ月後、私は四畳半の下宿部屋で『サッカー・マガジン』のある記事広告を見て飛び上がった。なんと、英国の『フットボールマンスリー』などを輸入販売している「日本洋書販売配給株式会社(洋販)」がこの雑誌を販売するというのだ。定価は350円。送料50円。「入荷は11月下旬の予定。輸入部数に限りがありますので、お申し込みはお早めに」とある。その日にすぐはがきを書き、2冊購入の申し込みをした。私は右足の裏から見つけた砂金の粒を見知らぬ女性に手渡した後、左足の裏にさらに大きな2粒がついているのを発見したのだ。

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