小さくなった先生の姿
サッカーという競技は極端に風に弱い。ボールが大きさの割に軽く、風の影響を受けやすいのだ。
ボールの差し渡しは約22センチ、「投影面積」は約0.04平方メートルということになる。秒速10メートルの風が吹くと、ボールには毎秒250グラムの風圧がかかる。風圧は風速の2乗に比例するから、風速が2倍の毎秒20メートルなら、430グラム程度のボールに対し1キログラムの風圧という計算になる(この計算が正しいことを!)。風上に向かってければ戻ってきてしまうし、風上からなら、釜本邦茂のような弾丸シュートも夢ではない。
毎秒20メートルの風に押されて、望月先生の足から夢のように強烈なシュートが放たれた。しかし惜しくも、ゴールをわずかに外れた。
篠崎グラウンドというところは、広大な河川敷にサッカーグラウンドが2列、合計10面近く連なっている。隣のグラウンドのゴール同士が背中をつけるように立っており、境にはフェンスも何もない。ゴールを外れたボールが試合中の隣のグラウンドにはいってしまうのも珍しいことでなかった。
だが想像はつくだろうが、この日の篠崎グラウンドでピッチに出ていたのは、私のチームと「ワイルド11」の選手たちだけだった。
ボールを拾ってくれる隣のグラウンドの選手はいない。望月先生はあわててボールを追う。しかし先生がいくら駿足でも、毎秒1キログラムの力で押され続け、どんどんスピードを増して転がっていく430グラムのボールに追いつくことなどできるわけがない。恐らく、望月先生の親友である「20万ドルの足」杉山隆一さんでも、この競走には勝てなかっただろう。ボールだけでなく、望月先生の姿も、見る間に小さくなった。
へとへとになった望月先生が、ボールを手にようやく戻ってきたのは、優に5分間を超えたころだった。ボールは、サッカーグラウンドで3面も向こうの小さな茂みにひっかかって、ようやく止まってくれたのだという。
「ひとけり300メートル」
もちろん、望月先生の「最長不倒距離」だった。
肩を落とし、げっそりとした顔で、望月先生がこう言った。
「こりゃだめだ。きょうはやめておこう」