■転機は「海外組」招集
しかしキュラソー・サッカー協会は野心を持っていた。「海外組」の招集である。歴史的な経緯から、オランダでは、キュラソーにルーツを持つ選手がプロとして多数活躍していた。かつてスペインのFCバルセロナでエースとなり、1998年のワールドカップ・フランス大会などでオランダ代表として活躍したパトリック・クライファートをはじめ、オランダ代表となった選手も数多くいた。
キュラソー協会は、オランダ代表にはなれないが、それに次ぐクラスの選手に声をかければ、キュラソー代表としてプレーしてくれるのではないかと考えた。そして積極的に声をかけた。
その初期の選手が、横浜F・マリノス、浦和レッズなどJリーグの5クラブで2016年から2022年まで活躍したクエンテン・マルティノスだ。彼はキュラソーの首都ウィレムスタットで生まれ、1歳になる前に家族でオランダに移住、そこでサッカー選手として頭角を現し、U-17オランダ代表に選ばれる。しかし18歳のときに膝に重傷を負い、オランダ代表への道を閉ざされると、キュラソー代表からの招集に応えて9試合に出場、1得点を記録した。














