■「ジャパン・カップ」で来日後、英国へ
マランゴニにとって日本は未知の国ではなかった。24歳のとき、彼にとって2つ目のプロクラブであったサンロレンソ(ブエノスアイレス市)の一員として「ジャパン・カップ」のために来日し、京都、広島、東京とめぐりながらすべて「中1日」で4試合を戦った経験があった。マランゴニは全試合にほぼフル出場してチームを牽引、そのプレーが英国人エージェントの目に止まってその秋からイングランドのサンダーランドでプレーすることになる。
イングランドでも素晴らしいプレーを見せたマランゴニはファンを魅了したが、契約上の問題で1シーズン半しかプレーできず、アルゼンチンに帰国した。そしてウラカンで1年プレーした後、1982年からインデペンディエンテの不動の「5番」となったのだった。
ロサリオのホテルで彼と話した前週、私はインデペンディエンテのホームスタジアムでラシン・コルドバとの試合を見た。2-0でインデペンディエンテが勝ったのだが、その試合自体よりも、私は試合中のひとつの小さな出来事に心を奪われた。








