■「休戦はなかった」疑問視する声も

 非公式な「停戦」に不快感を露わにした者もいた。

 イギリス軍のホレイス・スミス=ドリエン将軍は、「これは、私たちが徐々に陥りつつある無関心な状態の一例に過ぎない」と、強い言葉で吐き捨てた。クリスマス停戦に関するいくつかの記録では、ドイツ兵と交歓したイギリスの兵士が処罰された例もあり、最高司令官が二度とそのようなことが起こらないようにとの命令を出したとされている。

「戦時中にこんなことがあってはならない! 君たちには、ドイツ人としての誇りが残っていないのか!」

 ある25歳のドイツ軍兵士は、こう言って「無人地帯」に出てイギリス兵と交歓した仲間を叱責した。彼はミュンヘンの住人だったが、本来オーストリア生まれのオーストリア人であり、ドイツ軍ではなくオーストリア軍に入れられるべき人物だった。しかし、事務手続きのミスでドイツ軍に入れられ、この西部戦線では伝令として働いていた。名前をアドルフ・ヒトラーといった。

 イギリス対ドイツのサッカーの試合を含む「クリスマス休戦」の話は、当時まだ中立国だったアメリカの「ニューヨーク・タイムズ」紙が最初に報じ、イギリスの新聞がそれに続いた。1915年元日の「タイムズ」紙で「イギリスのサクソン連隊がドイツ軍連隊とサッカーの試合を行い、3-2で勝った」という小さな記事が出て話題になり、次第にその話が広まって「伝説」になった。

 その後、イギリスの学者の間では「戦時中のプロパガンダの一つだったのではないか」と、「クリスマス休戦」などなかったのではないかと疑問視する意見も少なくなかったが、イギリスだけでなくドイツを含めたさまざまな兵士が両親や妻に送った手紙や、その日の出来事を記した日記が次々と発見され、現在では「クリスマス停戦」も「無人地帯のサッカー」も、実際にあった出来事であると確認されている。

PHOTO GALLERY 「クリスマスに読みたい」サッカーが起こした奇跡の物語
  1. 1
  2. 2
  3. 3