
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は、サッカーが起こした「聖なる夜の奇跡」について。
■両陣営合わせて「10万人」に達した
もちろん、こうした「クリスマス停戦」の風景が、500キロ以上にもなる「西部戦線」で一斉に見られたわけではない。しかし、けっして特別な場所だけで行われたわけでもなかった。戦線のいたるところで「連合軍」と「同盟軍」の兵士たちが銃を塹壕に置いて交流し、歌を歌い合ったり、プレゼントを交換した。そして多くの場所で、サッカーが行われた。
ドイツ兵がボールを持ち出してきたところもあった。だが、きちんとしたサッカーボールなどないところが大半だった。そんな場所でも、空きカンを蹴り合ってゲームに興じた。
西部戦線全体を通じると、このときの「クリスマス停戦」に参加した兵士たちは、両陣営を合わせて10万人に達したのではないかと言われている。ある研究者によると、塹壕を出てドイツ兵と交歓したイギリス兵は3万人ほどで、実際にサッカーをプレーしたのは、ほんの一部だっただろうという。
不幸な出来事もあった。パーシー・ハギンズという名のイギリス軍二等兵は、「無人地帯」の散歩を楽しんでいたときにドイツ軍の狙撃兵に撃たれ、頭を打ち抜かれて死亡した。彼を救おうとした軍曹も、同じ狙撃兵の犠牲になった。