■クリスマス停戦の呼びかけは「無視」
塹壕は、兵士たちが安全に移動できる深さとともに、わずかに頭を出して銃撃できるような足場がつけられていたが、表土を掘り抜いたところに木材で簡単に補強した程度のものだった。欧州の冬は降雨や降雪が多く、塹壕のなかには水がたまり、排水しても泥んこの状態で、兵士たちはその泥んこの上に銃と膝を抱えて座り、眠れない夜を過ごすということが続いた。
当然、塹壕のなかは不衛生で、伝染病、足の障害などさまざまな病気が発生した。さらには兵士たちが出した残飯を狙ってネズミが走り回り、食料の被害も少なくなかった。雨で濡れ、雪にこごえながら、兵士たちはネズミを追いつつ、いつ攻めてくるかわからない「敵軍」を待ち続けなければならなかったのである。
両軍の塹壕は百メートルから数百メートル離れて掘られ、その間には鉄条網で相手が簡単に前進できないようにした「無人地帯」があった。
12月始めには、戦争が始まってからローマ教皇の地位についたベネディクト15世(サルデーニャ生まれ)が両陣営に「クリスマス停戦」を呼びかけた。
「少なくとも天使が歌う夜には、銃声が聞こえないことを願います」
だが、このカトリック教会最高位聖職者のロマンチック(まさに「ローマ的」だ!)な言葉は、両陣営に軽く無視された。