■渡されたメモ

 そして「運命」のときがくる。会長の話を聞いている最中に、クラブの若手職員が腰をかがめながら私のところにきてポンポンと肩を叩いたのである。そして小さな紙片を手渡しながら、「このあとにマイクのところに行って、これを読んでくれ」とささやいたのだ。

 「僕はポルトガル語は話しませんよ」

 「わかっている。ただこれを読めばいい」

 親切にも、彼は読み方まで教えてくれた。

 その文章をじっくり見て、私はようやく覚った。この「食事会」はコフィ会長の、「シャパ・ウン」の選挙運動だったのだ。食事に招待されていたのは、この地区に住む投票兼をもつクラブ会員だった。選挙と言えば日本の選挙管理法の下のものしかイメージできなかった私には、サッカークラブの会長選挙でこれほどあからさまに「饗応(供応)」が行われるなど、想像もできなかったのである。

 渡された紙切れにあったのは、「トヨタカップのオフィシャル・ジャーナリストとして、私はシャパ・ウンに投票することをお奨めします」というような内容の文章だった。ポルトガル語はまったくわからないふりをしていたのだが(実際そのとおりなのだが)、1978年のワールドカップ取材を通じてスペイン語は少し理解できるようになっていた。そのわずかな知識でも、この文章が「選挙応援」そのものであることは理解できた。

 だが私はすでに出されたものをすべて胃の中に収め、サワベ・カメラマンにいたっては大好きなワインをがぶ飲みしていたのである。

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