■「正義」の導入
エリゾンド主審がジダンにレッドカードを出すと決めたタイミングを見れば、カンタレホ第4審判が役員からその映像を見せられ、無線で主審に伝えたことにほぼ間違いはない。レッドカードを出すには、選手の証言(異議)や倒れている状況からの推測では足りない。確証がなければこのような重大な処分を下すことなどできない。第4審判員のカンタレホは、当初、「自分にもわからない」というジェスチャーをしていた。それから自分のベンチに戻り、「真実」を知らされたのだ。
だが当時の国際サッカー連盟(FIFA)は判定に映像をもちこむことを厳しく禁じていた。FIFAは、公式には「カンタレホ第4審判が見た」と発表した。しかし状況を見れば、「ビデオ判定」が行われたのは明らかだった。
マテラッツィがどんな暴言を吐こうと、ジダンの行為は容認されるものではない。たとえ後日、映像証拠でジダンに罰金や出場停止などの処分を出せたとしても、この試合の残り時間(延長戦の約10分間)とPK戦でジダンにプレーをさせてしまうより、このタイミングでレッドカードを出したのは、明らかに「正義」だった。なにしろジダンは先制のPKを決め、延長戦の前半戦にも決定的なヘディングシュートを放っている(バーを直撃)のである。
だが…。FIFAが「ビデオ判定」を導入するのは、それからなんと12年後、2018年のことなのである。ジョゼフ・ブラッター前会長は強硬な「テクノロジー反対派」で、2012年にゴールが決まったかどうかだけを判定する「ゴールライン・テクノロジー(GLT)」は受け容れたが、現在のようなVARが導入されるのは、ブラッター前会長が失脚し、新たにFIFAのリーダーとなったジャンニ・インファンティーノ現会長の時代になってからだった。