■映し出されていた「真実」

 「ビデオ判定」の必要性を痛切に感じたのは、2006年ワールドカップ・ドイツ大会の決勝戦、イタリア対フランスのことだった。延長後半、フランスが攻め、イタリアがはね返し、攻撃に転じる。ボールはすでにフランス陣にあった。そのとき、イタリア人の中央でDFマルコ・マテラッツィが倒れ、もがいているのに気づいた主審が試合を止めた。

 主審はオラシオ・エリソンド、副審はダリオ・ガルシアとロドルフォ・オテロ。アルゼンチンのトリオである。これを第4審判としてルイス・メディナ・カンタレホ(スペイン)が支えていた。この大会では第5審判のビクトリーノ・ヒラルデス・カラスコ(スペイン)は左側のチームベンチ(このときはイタリアだった)の外側に椅子を置いて控えていた。

 プレーに注目していた主審は、当然、なぜマテラッツィが倒れたのか見ていない。彼はイタリア陣側のタッチラインを担当していたガルシア副審のところに走り寄り、言葉をかわすが、ガルシア副審は「何も見ていない」と言っているようだ。そこに第4審判のカンタレホもきたが、彼も見ていないようだった。これではお手上げである。エリゾンド主審は、倒れたままもがき苦しむマテラッツィに声をかけ、激しく抗議するイタリア選手たちをなだめるしかない。

 それから数十秒ほどの時間はあっただろう。まだ混乱しているなかで、突然エリゾンド主審が走り出す。そしてジダンにレッドカードを突きつけたのである。第4審判カンタレホからの無線での連絡で、ジダンがマテラッツィの胸に頭突きをしたことを聞いたからだだった。

 実はこの大会では、ハーフラインの外にある第4審判のベンチ(透明樹脂製のカバーで覆われていた)にはおそらくFIFAの役員と見られる人がもうひとり座り、彼の目の前にはテレビのモニターがあった。

 観客席のほぼ中央、ややイタリア側の記者席で見ていた私も、何があったのか、最初はまったくわからなかった。しかしエリゾンドが走り始める少し前に、記者席にある小さなテレビモニターに「真実」が映し出されていた。テレビ中継のリプレーで、ジダンがマテラッツィに思い切り頭突きしているのがはっきりととらえられていたのである。

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