■トリックFKの「原型」
正面からやや右サイド、ゴールまで約27メートルのFK。攻めるボルフスブルクは、名キッカーとして知られるマクシミリアン・アルノルトがボールに向かった。当時26歳。ドイツ代表歴は2014年の1試合だけだったが、翌2021年には東京オリンピックに臨んだドイツ代表にオーバーエージとして参加し、キャプテンを務めた左利きのテクニシャンである。当然、ビーレフェルトは全員ゴール前に戻り、4人で壁を築いた。
するとボルフスブルクはその左に3人の選手をまるで壁の延長のように並べた。「フリーキックが行われるとき、3人以上の守備側チームが作る『壁』から、攻撃側チームの競技者が1m(1ヤード)以上離れていない場合、間接フリーキックが与えられる」というルールは、前年の2019年から施行されているから、当然、ビーレフェルトの壁からは少し間が空いている。
直接狙うのか、それともファーポストに送ってヘディングで狙わせるのかと思った瞬間、アルノルトは相手の壁の横に並んだ3人中央に立つ長身のFWに低いパスを送った。長身FWの両脇の選手がそれぞれの外側に立つビーレフェルトの選手をブロックするように動いたので、長身FWは右にターンしながら右足のワンタッチで前を向くと完全にフリーとなり、長い右足を振って相手GKの右を破った。
このプレーの重要なポイントは3人の選手の両脇の選手が相手選手をブロックすることにある。あからさまにやれば反則を取られるだろう。あくまで、自分がパスを受けようとするかのように動き、その先にたまたま相手選手がいたかのように振る舞うのだ。このとき、ボルフスブルクの2人の選手は完璧のこの役割をこなした。