■100人以上のライバルに差をつけた一瞬の判断

 ロハスは「何か」が起こることを期待して、後半が始まる前にチームドクターから手術用のナイフを借り、ストッキングに挟み込んでいたという。そして巡ってきた「チャンス」を逃さず、トレーナーの体がかぶさった瞬間にそのナイフで自らの額を切ったのだった。

「事件」のとき、リカルドはブラジルが攻撃する側のエンドのタッチライン近くにいた。そこが彼の好きな場所だった。チリが攻撃を開始し、ボールがブラジルのエンドにはいったとき、リカルドは視野の片隅で何か光る物が落ちてくるのを感じた。そしてすぐにカメラを構え直した。

 ブラジルの攻撃側のゴールラインにいたカメラマンの数は、100人を超していただろう。だがリカルド以外のすべてのカメラマンは、カメラを下ろし、ある者はひと息つき、ある者はフィルムを交換していた。「その瞬間」をとらえたのは、リカルドのカメラだけだった。

 シャッターボタンを押せば誰でも写真を撮ることができる。しかし優れたスポーツカメラマンは常に次に起こる「絵」を予測し、瞬時にファインダーの小さなフレームのなかにその絵をまとめ上げる力をもっている。視野の片隅に「ベンガラ」をとらえたリカルドが、その光に見とれることなく、ロハスにピントを合わせたのは、驚くべき冷静さと言わなければならない。

 そう、写真とは「瞬時」を切り取り、作品として永遠に残す芸術なのだ。その能力を、リカルドは偉大な父から受け継いだ。

(3)へ続く
PHOTO GALLERY ■【画像】リカルドの世界的スクープとなった写真が用いられたサッカー・マガジンの表紙
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