
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は、ゴール裏で座っている人たちの話。彼らが切り取る「芸術品」は、国境も時代をも超えていく。
■信号弾が試合中のGKを直撃!?
リカルドの名が世界に喧伝されたのは、1989年9月3日のことだった。1990年ワールドカップ・イタリア大会の南米予選の第3組の最終戦、リオデジャネイロでのブラジル対チリ。ブラジルは引き分けでも出場決定。得失点差で劣るチリは勝利が必要だった。ブラジルが後半立ち上がりのカレカのゴールで1点を先制する。そして事件は後半の半ばに起こった。
ブラジルの攻撃を防いだチリが反撃に出る。ボールがブラジル陣にはいり、16万人の観衆の誰もがボールの行方を追った。その瞬間、チリのGKロベルト・ロハスが顔を押さえてピッチに倒れ込んだ。ロハスのすぐ横には、強い光を放つ物体がころがり、もくもくと煙を上げている。日本では「発煙筒」と書かれることが多いが、南米の人びとが「ベンガラ」と呼ぶ、光を出すことを目的とした信号弾だ。これがロハスを直撃したらしい。チリの選手たちが走り寄り、トレーナーが全力ダッシュで走ってくる。
ブラジルの選手たちも寄ってきて、小突き合いが始まる。ロハスの額からは真っ赤な血が大量に流れ、顔は血だらけになっている。「やってられない! 引き上げだ、引き上げだ!」。チリのオルランド・アラベナ監督が叫ぶ。担架を要請するドクター。しかしチームメートたちはそれを待たず、みんなでロハスをかかえて退場してしまう。そしてそのままロッカールームから出てこない。「この危険な状況でこれ以上試合を続けることはできない」。チリはこう主張した。そして試合はそのまま中止された。