■負けている試合から逃げ出すなんて……
時間は戻ってハーフタイム。3点をリードされた連合軍チームがロッカールームに戻ってくる。すると銭湯のような大きな風呂の底からブクブクと泡が立ち、やがて直径50センチほどの穴が開いて水が吸い込まれる。そしてそこからレジスタンスのひとりが顔を出す。コロンブ・スタジアムの下水管がパリの下水道につながり、数百メートル先のセーヌ川に流れ込んでいる。下水道から「ビジターチーム更衣室」の風呂までトンネルを掘り、チーム全員を脱走させようという作戦だった。
逃亡を急ごうと主張するハッチ。ところが、選手たちが「このまま負けて逃げるのはいやだ」と言い出す。強く主張したのは、サマービーの「ハーマー」と、トーレセンの「ヒルソン」である。ハッチはひとりでも逃げると言い出す。コルビーが「GKなしでは試合ができない」と言う。そして最後に、ペレが歩み出る。その言葉が感動的だ。
「たのむよ、おれたちの大事な試合なんだ」と、彼は持ち前の低く響く声で、ハッチに向かってゆっくりと話す。
「ハッチ、今やめると、心が一生傷を負う」と、字幕を担当した金田文夫さんは訳した。原文は「If we run now,we lose more than a game.」である。この言葉で、すべてが変わるのである。ペレの役者としての能力、言葉の説得力は、ベテランの役者もかなわない。
さて、長くなってしまったし、結末まで話してしまったら身も蓋もなくなるので、このあたりで締めにしよう。『勝利への脱出』は、映画としてもなかなか良くできているし、何より、各国の「レジェンド」とも呼ぶべき選手たちが達者に演技し、そのうえで普通にプレーをしているのが楽しい。見ていない人は必見、昔見たことがある人も、この映画の深い楽しみを確認しながらもういちど見てみたらどうだろう。