■このプレーヤーは、マニアにしか分からない

 さて、この映画の最大の魅力が「真剣勝負のサッカー試合」であることは既述したが、それを可能にしたのが、当時イングランド1部リーグの強豪で、この年リーグ2位、UEFAカップでは優勝を飾ったイプスウィッチ・タウンFCの選手たちの協力だった。試合に出場するドイツ軍選手は、ほとんどがイプスウィッチの選手たちである。

 ただ、ジョン・ヒューストン監督はイングランドの選手たちにドイツ軍のプレーだけで終わらせるのは気の毒とでも思ったのだろうか、スコットランド代表選手でイプスウィッチのエースストライカーだったジョン・ウォーク(当時24歳)を連合国軍の「アーサー・ヘイズ」という英国捕虜の役で登場させた。しかし彼はパリでの試合ではベンチに置かれたままだった。

 もうひとり、イプスウィッチの選手でとんだ「貧乏くじ」を引いたのが、ケビン・オキャラハンだった。名前でわかるとおりアイルランド代表だったオキャラハンは、左ウイングが本職だったが、この映画では連合軍チームのGK「トニー・ルイス」役を割り振られた。そしてパリでの脱走計画を実行するためにアメリカ人のハッチを正GKにしなければなくなったことで、彼はコーチ兼主将であるコルビーの説得を受け入れ、左腕をへし折られてしまうのである。

 「ドイツ軍」の選手のなかに、ひときわ目立つ長身の選手がいる。ファーストネームは紹介されず、「バウマン」という名字だけで呼ばれるドイツ軍のキャプテンで、非常に端正な顔つきをしているにもかかわらず、この試合の悪役を一手に引き受けている。演じているのがワーナー・ロスである。

 日本のファンにはほとんどなじみがない名前かもしれない。しかしロスは1970年代のアメリカ・サッカーにおけるトップスターだった。ユーゴスラビア生まれで8歳のときに家族とともにアメリカに移住し、ニューヨークで育った。そして1972年に24歳で北米サッカーリーグ(NASL)のニューヨーク・コスモスの選手となる。185センチの長身とエレガントなテクニックは、フランツ・ベッケンバウアーを思わせるものがあった。

 コスモスは1975年にペレが加わり、ジョルジ・キナーリャ(イタリア)、カルロス・アルベルト(ブラジル)、ベッケンバウアー(西ドイツ)などをチームに迎えて、数年のうちに世界的な「ギャラクシー軍団」となった。そのなかにあって、ロスはほとんど唯一のアメリカ人レギュラーとして活躍、アメリカ代表でもプレーした。それにしても、レフェリーの見えない角度でペレに何度も左こぶしで「ボディーブロー」を食らわせるなど、クールな顔つきをまったく崩さず、「ヒール」を演じきった演技力は特筆ものだった。

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