■「ロスタイム」から「アディショナルタイム」へ

 私には、「人生最高のアディショナルタイム」の経験がある。

 中学1年生の夏休みの話である。例によってのんびりと過ごしていた私は、新学期を目前に、まだ宿題が山のように残っていることに気づいた。夏休みは残り数日。とてもこなしきれる分量ではなかった。私は途方に暮れた。しかその夜、とんでもない電話がきた。私の学校はこの夏休みの間に新校舎に移転する予定だったのだが、引っ越し作業が遅れているため、夏休みを1週間延長するというのだ! 

 私は思いもしなかった幸運に狂喜乱舞した。だがこれから夏休みを迎えようという良い子のみなさん、少年少女たちには、はっきりと言っておきたい。こんな幸運が誰にもあると思ってはいけない。そしてまた、人生にいちど、誰にも大きな幸運があるとしても、それをこんなことで使ってしまうのはもったいなさ過ぎる。もちろん、その後の私の半世紀を超える人生で、こんな幸運は二度と訪れてはいない……。

 さて、アディショナルタイムは、ルールの上では「空費された時間の追加」と表現されている。英語では「Allowance for time lost」だ。日本では長く「ロスタイム」と呼んできた。イングランドでは、「インジュリータイム(ケガの処置で空費された時間)」と言うことが多いと、「ダイヤモンドサッカー」で岡野俊一郎さんが教えてくれた。気取ったテレビアナウンサーは「インジュアリータイム」などと言っていたが、「ロスタイム」の普及率は圧倒的だった。

 だが「ロスタイム」は完全な「和製英語」であり、国際的には通じない。また追加が必要なのは、ケガのときの処置だけではない。そこで、日本サッカー協会の審判委員会は、ワールドカップで使われている「アディショナルタイム(Additional Time)」とすることを決め、今後はそう表示することを、Jリーグ、JFL、そしてなでしこリーグに要請する依頼状を送った。2010年7月のことである。以後、「ロスタイム」という言葉は日陰の存在となった。

 私は困った。『東京新聞』に試合の観戦記事を送っているのだが、新聞記事の性格上、正確な時間を入れなければならない。ただでさえ文字が大きくなり、文字数を制限しなければならないなか、それまで「ロスタイム」と5文字で書いていたものが「アディショナルタイム」では10文字にもなってしまう。新聞記事にすると、ほぼ1行分だ。いろいろ考えた挙げ句、「追加タイム」という表現を思いついた。これで5文字、以前と同じになった。だが考えれば「タイム」と書くこともない。「追加時間」とすれば「文字数の空費」はぐっと少なくなるのである。

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