■モルテン製バルキーンが審判界を席巻

 野田鶴声社は社員わずか5人で世界からの需要に応えていたが、技術の継承が難しいことから野田員弘社長の代で会社を畳むことを決め、2015年、野田社長が死去したことで廃業した。「ハドソン商会」の150年間の半分以下の年月で、この「下町の中小企業」は、世界の45カ国に1500万個ものホイッスルを輸出したという。滅多に壊れるものではないホイッスル。そのうえに金属部分のつくりも非常に丁寧だった野田鶴声社製のホイッスルの多くは、現在も世界中で愛用されているはずだ。

 野田鶴声社製に代わっていま日本の審判界を席巻しているのが、サッカー用具メーカーの大手であり、ワールドカップで使用されるアディダスブランドのボールを製作している「モルテン」(本社広島市)の「バルキーン」である。

 1980年代にカナダで中にコルクなどの「球」がはいっていないホイッスルが発明された。「球」(エンドウ豆から始まったため、コルク製でも「ピー」と呼ばれ、「ピーホイッスル」の名称で知られていた)の回転で強弱のめりはりをつけるのではなく、「ビートホイッスル」は、複数の共鳴管でうねり(ビート)を生み出して音を出すものだった。

 スタジアムが大型化し、歓声や鳴り物などで主審のホイッスルがどんどん聞こえにくくなっていた。とくに懸念されたのが、2010年にワールドカップが行われる南アフリカの「ブブゼラ」だった。安いプラスチック製の「ラッパ」である。マウスピースに音を出す「リード」があるわけではないので、吹いただけでは音は出ない。しかしうまく唇を震わせながら強く吹くと、とんでもなく大きな、そしてこのうえなく不快な騒音が出る。これを何万人もがいっせいに吹く南アフリカのスタジアムは、世界で最もうるさいサッカー場だった。

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