■世界屈指のパスの名手はいまだ衰えず
そんな中で、イニエスタは59分に登場した。5分半のアディショナルタイムを含めて、約35分間のプレーだった。そして、その35分間、イニエスタは十分に魅せてくれた。
イニエスタが入ったことによる最初の効果は、中盤でしっかりボールをキープして時間を作り、チームに落ち着きを与えたことだ。パスを受ける瞬間に相手が体を寄せてきても、ほんの少しだけポジションを変え、また体の向きを修正したり、ターンしたりしてスルッと相手のプレッシャーをかわしてしまう。そして、どうしてもコンタクトを避けられないと見るや、うまく体を入れて巧妙にファウルを誘う。
また、周囲の味方とシンプルなパスを交換することによって、しっかり前を向いてボールを供給できる態勢を作り上げていく。そして、その単純なパス交換が味方が攻撃に参加することを促す効果もある。
そして、中盤でゆったりとプレーしていたかと思うと、スペースを衝く一発のスルーパスを駆使して決定機も演出した。
劣勢な時間帯にピッチに入ったイニエスタは、35分の間にスルーパスで何度かチャンスを作った。68分にはハーフライン手前からのパスでアユブ・マシカを走らせた。マシカのシュートはGKの高丘陽平にブロックされたが、これがイニエスタの最初のチャンスメークだった。
そして、77分郷家友太からのパスを受けたイニエスタがワンタッチで縦に流すと、前線で走りだしていた古橋亨梧の足元にピタリと合って、古橋は独走。チアゴ・マルチンスにコースを消されて古橋のシュートはゴールの枠をとらえきれなかったのだが、まさにイニエスタの1本のパスで生まれた決定機だった。
横浜FMの2点目は、このわずか2分20秒ほど後に決まったのだから、この古橋のシュートが決まっていたら、ゲームの結果はどうなっていたかまったく分からない。
35分間のプレーでゲームの流れを変えてしまったイニエスタ。そんな選手がやはりパスの名手であるシャビと並んでチャンスメークをして、その周囲を世界トップクラスの選手たちで固めた10年前のバルセロナが強かったのは当然のことだろう。少なくとも、イニエスタのパスで抜け出したのが古橋ではなく、リオネル・メッシだったとすれば、ほぼ間違いなくゴールが決まっていたはずである。
バルセロナの「ティキタカ」はもう見られないが、その一端を日本のピッチ上で見ることができるのは幸せなことだ。
5月11日で37歳となるアンドレス・イニエスタ。彼が現役として日本のピッチ上でプレーする時間もそれほど長くないのは間違いない。その間に、そのプレーをしっかりと目に焼き付けておきたいものである。