■最初に90分でおこなわれた試合

 当日は冷たい雨にたたられたが、熱心なファンがグラウンドを囲んだ。公園の広大な芝生にピッチを仕切っただけのグラウンド。スタンドなどない。ファンはすべて傘をさし、足元をびしょびしょに濡らしての立ち見だった。ロンドンのキックオフで始まった試合は、一方的な展開となった。ロンドンが2ゴールを決め、2-0で勝利をつかんだのだ。同点のときに勝敗を喫するために記録する「タッチダウン(ラグビーの『トライ』と同じ)」の数も、ロンドンが4-0と圧倒した。

 だが、試合を観戦したファンの記憶に何より強く残ったのは、赤いユニホームを着たシェフィールドの選手たちが見せた世にも奇妙なプレーだった。空中のボールを手でキャッチすることはできても前にはじくことを禁止されたルールの下で、彼らが生み出したのは「ヘディング」という技術だった。頭で器用にボールをはじくシェフィールドの選手を見て、ロンドン・チームの選手たちもファンも最初はあぜんとした。しかし次にヘディングでプレーされると、ファンは大笑いした。

 この試合は、ロンドンの人びとが初めてヘディングを見た試合として永く記憶に残ることになる。そのため、「90分間」と決められた試合が途中で打ち切られたことは、あまり話題にはならなかった。試合の終盤に雨が雹(ひょう)に変わり、ひどい天候になってしまったからだ。シェフィールドの選手たちは試合打ち切りに反対したが、そのまま打ち切られた。だから「90分間」と決められた試合時間は、実際には実現されないまま終わったのだ。

 ロンドンの2ゴールはいずれも手ではじき入れた「ノックオン」だとシェフィールドの選手たちは不満を語ったが、それでも当時のスポーツマンたちである。試合が終わると、ロンドン都心の「アルビオン・タバーン」という居酒屋に会場を移し、両チームの選手たちは仲良くビールで乾杯を交わしたという。

 そして5年後の1871年、世界最初のサッカー大会「FAカップ」を開始するに当たって、FAは「試合時間は1時間半とする」ということを決めた。しかしそれがすべてのサッカーに適用される「ルール」に明記されるのは、1897年まで待たなければならない。ここから正式にサッカーは「90分間」のゲームになったのである。ちなみに、シェフィールドのクラブがFAの傘下にはいるのは、1877年のことである。

※後編につづく

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