■とにかく奴らと眼を合わせるな!
ブエノスアイレスの中央駅「レティーロ駅」からミトレ線の電車に乗って西に向かい、スタジアム近くの「サン・マルティン駅」で降ります。20分ちょっとかかったように記憶しています。
当然のことですが、車内にはチャカリタのサポーターがいっぱい乗っていました。
サポーターだらけの車内といえば、歌声やチャントや手拍子で大騒ぎなのだろうとお思いでしょう。そう、それが常識です。
2015年のFIFAクラブ・ワールドカップでサンフレッチェ広島がアルゼンチンのリーベル・プレートに0対1で敗れた後、長居スタジアムの近くの「鶴が丘駅」から電車に乗ったんですが、車内はリーベルのサポーターに占拠されていました。歌声が響き、JR阪和線の電車を揺らし、さらに車内でボールを蹴っている奴らが何人もいました。そう、それが正常な姿です。
ところが、僕が乗ったミトレ線の車内は「シーン」と静まり返っていたのです。
こんな不気味な光景はありません。チャカリタの奴らはまったく無表情なままで、しかも彼らの眼はまったく焦点が合っていません。素人が見てもすぐに分かります。そう、みんな「クスリ」をやっているのです。
「ヤバい!」。一瞬、僕も「ホテルに帰ろうかな」と思いました。でも、まあ、試合には興味がありました。「とにかく彼らと眼が合わないように」と思って、僕はひたすら車窓からブエノスアイレスの夕景を眺めていました。しかし、もしチャカリタが負けたりしたら、帰りはどんなことになるのでしょう……。
堅い試合になるかと思っていましたが、勝たなければいけないアウェーのフベントゥードが攻撃的だったので予想以上の好試合でした。ただ、いかにもアルゼンチンらしく、両チームとも相手のファウルを誘おうとやたらにシミュレーションを試みます。ただし、レフェリーもアルゼンチン人ですから、そんなことは百も承知でなかなか笛を吹きません。
イエローカードが9枚出ただけで、退場者もなく無事に終了。終盤まで0対0のまま進む緊迫した試合でしたが、83分にアレックス・ロドリゲスの右クロスをセルヒオ・ブストスが決めて、チャカリタが勝利。13年ぶりの1部昇格を決めました。
良かった! これで、無事にホテルまで帰れそうです。
そういえば、この試合の前半40分を過ぎた頃バックスタンド側の照明が全部消えてしまい、試合は18分ほど中断しました。その中断中に僕は現地のラジオ実況中継にも出演してしまったのですが、まあ、その話はまた次回にでも……。