■すね当ての発明者

 スポーツにすね当てを採り入れた最初は、クリケットだったという。日本人にはなじみの薄い競技である。野球でいうピッチャー(「ボウラー」と呼ばれる)がボールを投げ、3本の杭の上に置かれた「ベイル」と呼ばれるものを落とそうとする。それを相手チームの「バッツマン」と呼ばれる選手が手に平たいバットをもって防ぐのである。「バッツマン」は、一面においてサッカーにおけるゴールキーパーのようであり、投げられたボールをバットで叩くと「ボウラー」のところまで走っていき、その往復運動で得点がはいるというところから見ると、「攻撃側」のようでもある。その「バッツマン」が足を保護するために1809年にひざ上までのすね当て(「パッド」と呼ばれる)をつけたという。

 サッカーでは、すね当ての発明者も発明の年もはっきりしている。発明者は、ノッティンガム・フォレストとイングランド代表のサッカー選手であり、同時にクリケットの選手としても有名だったサム・ウェラー・ウィドウソン。1874年のことだった。彼はクリケット用のすね当てをひざ下までの長さに切ってストッキングの外につけ、試合に出場したのだ。最初は大笑いされたが、やがて多くの選手がまねるようになった。

 初期のサッカー選手の写真や絵を見ると、たしかにすね当てはストッキングの外につけられている。しかし当時のすね当ては腕時計のベルトのような「留め金」がついており、20世紀にはいるころには、相手選手の保護のため、ストッキングの内側につける形となった。

 私がサッカーを始めたのは1966年のことだったが、最初に買ったすね当ては、驚くなかれ、「竹製」だった。竹を幅1センチ、長さ15センチほどに切りそろえ、それを帆布製のケースに入れてすねに取り付けるのである。上下に2本ずつ木綿のひもがついており、それをふくらはぎに回して縛り、固定した。縛ることがいやで、すね当てを嫌う仲間が多かった。しかし当時のストッキングは毛糸製で締める力が弱かったので、すね当てはひもで縛り付けるしかなかったのである。

PHOTO GALLERY 選手が変われば足元も変わる
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