■ナイジェリア取材のグランドフィナーレ

 ADカードが威力を発揮したもうひとつの機会は、その翌年、1999年にナイジェリアでワールドユース選手権(現在のFIFA U-20ワールドカップ)を取材したときだ。これも空港での話である。

 日本での仕事のため、私はグループリーグの3試合を取材した後に北部の都市カノからアムステルダム経由で帰国することになっていた。出発時間は深夜0時半だった。だがKLMオランダ航空は、「空港は非常に混雑するうえにチェックインや出国手続きに非常に時間がかかるので、午後4時ごろに搭乗券だけ取りに来てほしい。そして荷物は、出発の3時間前には空港にもってきてほしい。出国手続きに長時間かかるときがある」と連絡してきた。

 大騒ぎの末に荷物を預け、出国手続きに向かったのは午後10時過ぎ。小部屋にはいると机が3つあり、軍服を着た人たちが何かを書類に書き込んでいる。どうやら、必要書類がそろっているかをチェックするのがこの人たちの仕事らしい。私はそのうちいちばん階級が上と見られる人のデスクに行き、椅子に座りながら、書類とパスポートを机の上に置き、できるだけ横柄に低い声で「グッドイブニング」と言った。甘くみられてはいけないと思ったからだ。

 だが、大佐と思しき彼が見たのは、机の上に置いた書類でも、パスポートでも、まして私の顔でもなかった。私の首からぶら下がったワールドユース選手権のADカードだった。彼は驚いたように、「おお、ワールドカップか」と大声を挙げた。この時期、ナイジェリアでは、ワールドユース選手権を「ワールドカップがきた」と大騒ぎしていたのだ。

「ついて来なさい」。そう言うと、彼は私の書類とパスポートをつかんで立ち上がった。そして部屋を出て次の部屋にはいって係員に強い口調で何かを言ってパスポートと書類を渡すと、すぐにハンコを押させてひったくるように取り返した。その部屋にはたくさんの人が列をつくっていたが、そんなことは関係なかった。同じようにあと2つの部屋を通過し、気がつくと、そこは空港内の待合室だった。最初の部屋にはいってから5分もかからなかった。

「ナイジェリア滞在中、何か不都合なことはありませんでしたか」

 私にパスポートを渡しながらそう問いかける彼に、「すべて順調だった。人びとの親切さに感謝しています」と答えると、彼はうれしそうに笑って右手を差し出し、「ご旅行の安全をお祈りします」と言った。

PHOTO GALLERY 全ての写真を見る
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6