■サッカーファンの存在証明
だが、このファンIDは思いがけない効果を生んだ。本来なら必要とされるところで示したり首にかけたりすればいいものを、多くのファンが四六時中首からぶら下げていたのだ。その結果、駅や空港でも、そして町を歩いていても、ひと目で「ワールドカップ観戦客」とわかる。互いにファンIDを首からぶら下げている人がすれ違えば「ハ~イ!」と声をかけ、ハイタッチのひとつでもしてしまう。
私が驚いたのは、ファンの多くが実に楽しそうに、そして誇らしげにファンIDをぶらさげ、胸を張って歩いていたことだ。「セキュリティー目的」が、世界のサッカーファンを結びつけるという思いがけない役割を果たしたのだ。これほど「ワールドカップの理念」にかなう小道具は、かつてなかった。近年のワールドカップの「副産物」としては、2006年ドイツ大会から始められた「ファンフェスタ」と並ぶヒットと言ってよい。
私のように大会を取材する者は、以前から同じようなカードを首からぶら下げていた。こちらも「ファンID」と同様、セキュリティー確保を目的としたものである。いつから始まったものか知らないが、1974年に私が初めてワールドカップを取材したときにはすでに使われていた。
「アクレディテーション・カード」という。略して「ADカード」と呼ぶ。「アクレディテーション」とはイベントの主催者がそのイベント内で活動することを許可することを示す身分証明。許可された人は、通常顔写真入りのカードを発給され、イベント内ではそれを首からぶら下げることを義務づけられる。蛇足ながら、もう普通に使われている言葉なのに、相当大きな英和辞典にも「accreditation」という単語が掲載されていないのは驚く。