サッカー場
サッカースタジアムは劇場である 写真:中地拓也
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「監督は、魔法の杖を持っていない」。采配だけでチームは変わらない、という意味のサッカーの格言である。ところが、2020年Jリーグでは、指揮官による選手交代とシステム変更がドラマティックな効果を生み、ゲームの面白さをきわだたせている。コロナ禍から取り入れられた5人交代制には、サッカーというスポーツに戦術的広がりをもたらす効果があるのかもしれない……。

■3点差をひっくり返す、YSCC横浜の大逆転劇

 ようやく再開されたJリーグだが、J1は再開後に残り33節、J2に至っては43節を消化しなくてはならず、そのほかにYBCルヴァンカップもあり、10月にはACLが再開されることも決まった。過密日程は避けられない。しかも、日本列島はこれから猛暑を迎えるのだ。選手たちの健康状態も心配せざるをえない(疲労が蓄積すればウイルスなどに対する免疫力も低下する)。

 そこで、今シーズンのJリーグでは交代枠が拡大され、5人までの交代が認められることとなった。5月にFIFAが決定した2020年12月31日までの特別ルールである。「ハーフタイム以外に3回以内」という制限があるものの、5人までの選手交代ができるのだ。この交代枠をどう使っていくのか……。これが、今シーズンのJリーグの最大の注目点の一つだ。

 Jリーグが開幕してから7月12日までに僕がスタジアムで生観戦できたのはまだ5試合に過ぎないが、この5試合だけでも5人交代制を生かして劇的な勝利を収めたチームもあれば、変化を試みたものの効果を十分に発揮できないチームもあった。

 最も劇的だったのはJ3リーグ第2節のYSCC横浜対カターレ富山の試合だった。前半はホームのYS横浜が3対0とリードしたのだが、後半に選手交代とシステム変更を使った富山が4点を奪って大逆転勝利を収めたのだ。
「0対3からの大逆転」といえば、J2第2節の愛媛FC徳島ヴォルティスの試合も話題になったが、この試合の得点のほとんどはセットプレーからだった。それに対して、YS横浜対富山戦は合計7得点のうち5つが流れの中からのゴールだっただけに、選手交代の効果がより明確に示されていた。

 YS横浜のシステムは3-2-4-1で、前半はボランチから両サイドハーフへのロングボールが効果的で、さらにインサイドハーフの前線への飛び出しが攻撃の厚みを生んで富山を圧倒。3対0のリードで折り返した。

 しかし、富山の安達亮監督はハーフタイムに2人の交代を使って前半の4-2-3-1から3-4-3にシステムを変更。交代で入った戸高弘貴と池高暢希がよく攻撃に絡んで、47分、51分とアッと言う間に2点を返し、その後攻めあぐねる時間帯もあったが、89分と93分に連続得点して大逆転勝利を手繰り寄せたのだ。

 前半にすでに1人の交代を使っていたので、通常の3人交代制だったら安達監督はハーフタイムに2人の交代を使うことが難しかったはずで、まさに5人交代制が生んだと言っていい大逆転劇だった。

 もっとも、YS横浜の試合運びにも問題はあった。

 前半29分という早い時間に3得点したことによって、YS横浜はかえってその後の戦い方が曖昧になってしまったのだ。そのまま戦うのか、それともリードを守る意識を強めるべきなのか……。それは、まるで強豪ベルギー相手に2点リードした後の日本代表と同じような状況だった。

 こうした富山のシステム変更や選手交代に対して、YS横浜も5人の交代を使いきったのだが、すべて後手々々を踏む形になってしまった。

 YS横浜の混乱ぶりを見ていると、もし5人交代制がなくても大逆転劇は起こったかもしれない。だが、そうした流れをより確実に結果につなげたのが富山の交代策だったことは間違いない。

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