敏腕代理人が語る日本人選手「世界での現在地」(5) 鎌田大地、堂安律、菅原由勢…多様化する「道」の画像
オランダからステップアップを狙う堂安など、欧州への道は多様化している 写真:ANP Sport/アフロ
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 日本からは現在、多くの選手が世界へと飛び出している。時代の流れとともに、その状況は刻々と変化していっている。現在の日本人選手は、世界でどんな立ち位置にあるのか? 稲本潤一と浅野拓磨をともにアーセナルへなど、数多くの選手をビッグクラブを含む欧州へと送り出してきた代理人の株式会社ジェブエンターテイメントの田邊伸明氏に、話を聞いた。

■高校生をも狙う欧州スカウト

 かつて日本人選手の欧州移籍の道は一つしかなかった。日本代表での活躍である。田邊氏が代理人を務める稲本潤一が2001年にガンバ大阪からアーセナルへと移籍した際も、同年に日本で開催されたコンフェデレーションズカップがきっかけとなった。

 そうした流れは、徐々に変化してきた。日本代表入りする前の選手たちが、若くして欧州へと引き抜かれていくようになっている。この数年でも、鎌田大地(2017年、サガン鳥栖→フランクフルト=ドイツ)、堂安律(2017年、ガンバ大阪→フローニンゲン=オランダ)、菅原由勢(2019年、名古屋グランパス→AZ=オランダ)といった例が挙げられる。

 これらの選手たちは年代別の日本代表には入っていたが、日本人選手が欧州で珍しくなっていく過程で、欧州がJリーグへ向ける目も変わってきたと田邊氏は語る。

「想像よりゆっくりではありましたが、変わってはきましたね。それに、若い選手をどんどん見るようになっています」

 まだ日本人の欧州移籍がビッグニュースだった頃には、欧州の代理人やクラブ関係者がJリーグの試合に訪れるだけで、スポーツ紙を飾るような騒ぎになっていた。だが、今では「昔に比べてたくさん来ていますね。それに、昔は『視察に行くからチケットを取ってくれないか』と言われたり、一緒にご飯でも食べようといった付き合いありましたが、今は自分で段取りをして、さっさと帰っていきます。コソコソしているというわけではありませんが、そういうことは増えました」と、特別ではない行為になっている。

 そうした傾向に加えて、欧州側はさらに若い選手たちを狙うようになっているという。「高校生とか、プロになる前の選手を見るようになっていますね。下手をすると、弊社があまり情報を持っていないような選手たちのことも問い合わせてくることがあります」(田邊氏)。

■ビッグクラブの青田買いは「win-win」だったが…

 また、最近増えていたのがビッグクラブによる青田買いだ。マンチェスター・シティは昨年、板倉滉(川崎フロンターレ)、食野亮太郎(ガンバ大阪)という、やはりフル代表入り前の選手を獲得している。

 ただしこの2人は、まだマンCではプレーしていない。それぞれオランダのフローニンゲン、スコットランドのハーツへと、すぐにレンタル移籍したからだ。田邊氏のクライアントである浅野拓磨(現パルチザン・ベオグラード)も、2016年にサンフレッチェ広島からイングランドのアーセナルへ移籍したが、すぐにドイツのシュトゥットガルトへとレンタル移籍した。

 イングランドではフル代表での直近の実績など、労働許可証取得のハードルが高いという事情はある。だが、こうした青田買いした若手をレンタルで出して様子を見るというのは、欧州のビッグクラブの常とう手段になっていた。

「レンタルに出してアダプテーション(適応)や、実際にヨーロッパでどれくらいできるかを見る。そのお金は、欧州のビッグクラブなら意外と簡単に出せるということを知りました。選手層の厚いビッグクラブでは出場できないリスクが高まりますが、日本の移籍元クラブが喜んでくれて、かつ選手も出場機会を得られるというのは何だろうと考えた時に、『これだ!』と思いました」

 欧州挑戦を狙う日本人選手にとっても、悪くない「win-win」な話だった。だが、「FIFAがルールを改正して、こういう形式が難しくなりました。『これはいける!』と思った翌年のことでした」と、田邊氏は苦笑いする。

新たな道を切り拓く「新大陸」とIT技術

 ただし、道筋が変わったとしても、欧州へタレントが集まる流れは止められない。

「欧州の中堅、セカンドやサードグループにあたるリーグのクラブが選手を取って、そこで活躍させてステップアップさせる。今後はブルガリアやチェコ、北欧といったもう少し下のリーグへの日本人の移籍が増えてくるのではないでしょうか。そうした国々は、もともとそうやってクラブを成り立たせていますから。そういう国がヨーロッパや南米だけじゃなく、アジアを見ようぜ、と変わってきたわけです」

 こうした第2、第3のグループへの移籍が主流になると語る田邊氏だが、興味深い新たな道も提案する。

「アメリカ経由というのは『あり』だと思っています。実際に去年、数クラブを視察しました。まず、アメリカは生活環境が非常に安定していて、日本人にはなじみやすい。MLS(メジャーリーグ・サッカー)のクラブは、どこもクラブハウスやスタジアムを新しくしていて、その施設がすごいんです」

 田邊氏がアメリカ経由を推す一番の理由は、他にある。

「何といってもいいのは、英語ができるようになることです。今後、海外移籍するにあたって必要な資質は、やはり語学。ヨーロッパでも、下のリーグに行けば行くほどクラブから聞かれる率が上がるのが、言葉ができるか、英語をしゃべれるかなんですよ。日本のように通訳がずっとついてくれる国なんて、ヨーロッパにはありませんからね。

 日本では、なんとなくアメリカのサッカーは遅れているようなイメージがありますが、全然そんなことはありません。ヨーロッパのサードリーグからスタートするなら、アメリカもありじゃないかなと思います。MLSを通じて欧州に行く選手も、確実に増えていますからね」

 また、技術の進化が、海外移籍の可能性を広げる。代理人の視察さえも過去の話としかねないのが、インターネット上で世界中の選手の動画を検索できる仕組みだ。

「Wyscout(ワイスカウト)とInstat(インスタット)というのが、世界での2強です。J1でも、使うクラブが圧倒的に増えました。日本のクラブも、ワイスカウトを使って外国人のリサーチをしていますよ。

 例えば生年月日や利き足などの条件を入れると、選手がズラッと出てきます。パスだけとかシュートのみ、ヘディングだけと、プレー別に見ることもできます。弊社の契約選手も、全員登録してありますよ。そうするとダイレクトメールが来て、『そちらの選手を見ましたが、どういう契約になっていますか』、という問い合わせは結構ありますね」

 実際にメールが来たのはスコットランド、アイスランド、ノルウェー、ギリシャといった主要リーグではない国のクラブからだが、ステップアップの場とするには、むしろ適当かもしれない。

 かつて稲本が移籍する際には、200本のPRビデオをつくって欧州の代理人に送った。アーセン・ヴェンゲルがテレビの解説で来日するという偶然がなければ、少なくともあの時点でアーセナル移籍は実現しなかっただろう。日本人選手を取り巻く環境は、大きく変わった。

「そうですね。20年前の選手からしたら、うらやましいでしょうね」

 田邊氏は、そう言って笑った。

(おわり)

 

田邊伸明(たなべ・のぶあき)

1966年、東京生まれ。大学卒業後、スポーツイベント会社に就職し、1991年からサッカー選手のマネージメント業務を開始するなど、一貫してサッカーとスポーツに携わる。1994年、代表取締役として株式会社ジェブエンターテイメントを設立。1999年に日本サッカー協会のFIFA(国際サッカー連盟)選手代理人試験を受験し、2000年にFIFAより選手代理人ライセンスの発行を受け、現在も多くのアスリートのサポートを行う

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