蹴球放浪家・後藤健生は、世界中でさまざまな街を歩き、人々と出会ってきた。時には、それらが不思議な縁でつながることがある。家にある1冊の本が、その媒体となることもあるのだ。
■南米の日本サッカー狂会員
そして、1978年に僕が1か月を過ごしたのもキルメス市だったのです。
日本サッカー狂会というサポーター団体があります。1963年に創設され、当時は数少なかったサッカー愛好家が集まって代表チームの応援活動をしていました(「ニッポン、チャ、チャ、チャ」を発案したのも狂会)。
その会員に、アルゼンチン在住の太田一二さんという老人がいました。第二次世界大戦前はオランダ領東インド、現在のインドネシアに住んでいて、そこでオランダ人女性と結婚。戦後、日本に引き揚げてきますが、その後パラグアイに渡り、最終的にアルゼンチンのキルメスでオートバイ修理工場を営んでいたのです。
かつては陸上長距離の選手でしたが、南米に渡ってからサッカー・ファンとなり、狂会に入会して「会報」に貴重なアルゼンチン・サッカー情報を寄稿していました。













