FIFAとの関係の深化

 とにもかくにも16チーム中13チームのユニフォーム契約を取り、アディダスは世界のサッカーに浸透し、ワールドカップを「我が物」のようにすることに成功したのである。だがこの時代、FIFAやワールドカップそのものとの直接的な関係は、「公式球」と「レフェリーウェア」の提供にとどまっていた。

 FIFAは24チーム制となった1982年のワールドカップ・スペイン大会から「公式スポンサー」を募り、世界の巨大企業9社に1社4年間で約30億円という巨額(当時としては)で販売した。その形は今でも続けられ、それが「FIFAパートナー」というトップカテゴリーのスポンサーシップとなって続けられている。

 しかし、アディダスは長くそうした形での関与はせず、それでもFIFAとの関係の緊密度を高め、隠然とワールドカップを支配してきた。ボールとレフェリーウェアの権利は決して手放さなかった。

 しかし、1990年代後半、安閑としてはいられなくなる。アメリカの巨大スポーツ用品メーカーであるナイキが世界最大の競技人口を持つサッカーのマーケットに強烈なアタックを仕掛け、アディダスに独走を許していたサッカーシューズでも脅威を与えるようになったのだ。それに加え、さまざまな代表チームも次々とアディダスから離れていった。

 そこで1998年、アディダスはFIFAの公式パートナーのひとつとなり、ボールとレフェリーウェアだけでない関与を始めるのである。

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