■ジョージ与那城を軸に「初優勝」
現在の東京ヴェルディの正式名称が「東京ヴェルディ1969」であることでわかるように、読売サッカークラブは1969年に設立され、当初から「プロ」を目指すクラブだった。多摩丘陵に広がるよみうりランド内にサッカーグラウンドと専用のクラブハウスをつくり、学生やサッカーで生きていきたいという若者を集めて急速に強くなり、1972年に新しくできたJSL2部の最初のメンバーとなった。
監督はオランダ人のフランス・フォン・バルコム。ブラジルからやってきた日系2世のジョージ与那城を軸に攻撃的なチームをつくり、JSL2部1年目は10チーム中7位だったが、2年目には3位に上がり、3年目の1974年には18戦して11勝4分け3敗、得点46、失点20という圧倒的な成績で初優勝。ついにJSL1部昇格のチャンスをつかんでいた。
JSL2部で優勝した後に初出場した天皇杯では、3回戦で1部の藤和不動産と対戦し、2-3で敗れたものの、互角に近い力を示していた。対するトヨタ自工は、JSL1部で3勝2分け13敗、18試合でわずか8得点に終わっていた。読売が攻撃力を発揮して1部昇格を果たすのではないかと予想されていた。















